食事
そして、新しい新居を30年ローンで買い、賃貸を脱して二人で新しいスタートを切った訳だ。
とまあ、今はこの美味しそうなポークソテーである。
俺は両手をパンと叩き「いただきます」を言ってナイフとフォークを使ってポークを口に運んだ。
「うん、旨い」
ううむ、中々にジューシーである。
コールスローで口をさっぱりさせようと口に入れる。シャキっという音が本当に聞こえて俺は驚いた。
「おお、凄くシャキシャキしている」
「冷水で冷やしてあるんだよ」
「なるほど!」
それでこのシャキシャキ感か。確かによく冷えている。となるとちょっと口が冷たくなってきた。
つまりここかーらーの、コーンスープだ。
コクコクとコーンスープをいただく、クルトンがナイスなアクセントになり、カリっと音をさせて気持ち良く歯で砕かれる。
温かく冷めにくいコーンスープがじんわりと口もお腹も温める。
く! 完璧だ。完璧すぎるぜこの夕飯。
今度はポークからご飯をかっこみ、そこから先ほどのコールスローからのコーンスープ。後はポークに戻ってライスのループを繰り返す。
幸せだ。俺はこの無限ループで一生を過ごしていきたい。
「美味しそうに食べてくれるねー」
「いや、マジで旨いよ」
「よかった」
絢羽は嬉しそうにほほ笑んだ。
「このポークソース、店で売ってたの?」
「そう、そのポークの傍でセットで。なーに? 私が作るよりも美味しいって?」
「そ、そんなこと言ってないだろう? でも旨いよ」
「そう、ならよかった。ただ焼いただけじゃないんだからね。結構工夫もしてるんだから」
「うん、知ってる」
肉が反ったりしないように端を切ったり、丹念に下味をつけたり、均等に小麦粉を振ったり、そしてコールスローとコーンスープの献立。
絢羽の愛情がこもっているのが伝わる。
たまにコメディー漫画で料理を爆発させたり、紫色になってボコボコ泡立っている料理を自分は味見をしないで主人公に食べさせるヒロインいるけど、あれって愛情あるのかね? 美味しく食べてほしかったらせめて味見をしないものだろうか?
ん~、コメディー漫画に冷静にツッコミを入れてどうする俺。
「ふふ~、美味しそうに食べるねえ」
「実際旨いしな」
「ありがと。じゃあ私も食べますか」
ペロリと舌を出して、箸を握った後に、“いただきます”を忘れていたらしく、箸をおいてご挨拶。“いただきます”を言うと、再び箸を持って食べ始めた。
「蒼穹ってさあ」
「ん?」
「ちゃんと手を合わせて“いただきます”言うよね」
「ああ、家はその辺が厳しかったからな。変か?」
「違う違う、むしろ偉いと思う!」
「大げさな」
俺は笑ったが、絢羽は真剣に首を振る。
「やっぱり偉いと思う。作った人にも、ごはんにもちゃんとお礼を言えるのって、ただ出されるのが当たり前って思ってる人もいるけど、ちゃんと言える人は凄いよ」
「そんなにか?」
「私は、外で外食する時は言わないかな。ちょっと恥ずかしいし」
「あれ、俺言ってる?」
「言ってる言ってる。習慣なんだよね」
そうか、それはちょっと恥ずかしい気もするな。
だけど、絢羽はそれが美点と言ってくれているんだから、もうずっとこのスタイルで行こう。
俺はコップにウーロン茶をいれて呷った。
「まあ、高級フレンチでいただきますをされた時にはちょっと恥ずかしかったけど」
「ぶぅうう!」
「わ! 汚い!!」
「ゲホゲホ」
「もー、大丈夫ー?」
絢羽はすぐに台拭きを持ってきて拭いてくれたが、俺はしばらく咽た。
「ゴホ、俺フレンチレストランでもやってたか?」
「やってたやってた」
なんてことだ、周りに人はいなかっただろうか? めちゃ恥ずかしい。
「あの時蒼穹、下手くそだったね」
「下手くそって? マナー?」
一応、フレンチのマナーは予習しておいたんだけど、まあ、あまり行かない店だ。何かミスがあってもおかしくはないだろう。
「それは、ぎこちないながらも出来てたんだけど、お会計はもう少しスマートにした方がいいよ?」
「あれ、俺が出したんだよな?」
あの時のことは覚えている。
確か、会計は俺がトイレに行くと言って、その間に払ったはずだ。
出来る男は帰る時に払わない。
それとなく払って置いて、「払っておいたよ」と会計の時に言い、女性に財布を出させないのがかっこいい男だ。と、先輩に教えてもらったので実践したのだが、それがいけなかっただろうか。
「会計をトイレに行った振りして済ませるなら、あんな大きい財布をポケットに入れてたらすぐわかっちゃう」
「・・・あ」
「それにあのレストラン、結構オープンだったから私の位置だとレジは見えちゃうよ?」
し、しまったーー!!
席なんてどうでもいいとお思っていたんで特に指定しなかったけど、個室にすればよかった。何たる失態。俺は今になって失敗を暴露され、非常に気まずくなった。
あの時、絢羽は俺に恥をかかせないように黙っていたのだろう。
く、かっこよくキメようと思って逆に気を使わせてしまった。
出来る男じゃなくて、出来る女があそこにはいたのか。
「あれでスマートには出来ない人だってバレちゃったよね。それ以来なんとなくフレンチとかは避けておいたでしょ。いいとこイタリアンで」
「・・・あの、そろそろ勘弁していただけると」
やめてやめて、俺のHPがガリガリ削られています。零までもう少し。
「あれで気を使わないで話せる人って思ったけどね」
「え、そうなの?」
「うん、あれでスマートに会計とかしちゃうと、私も尻込みしちゃうっていうか、ずっと肩がこる付き合いをしなちゃいけないかなーって思ったかも」
おお、じゃあその時の失敗は決して、マイナスには働かなかったというわけだ。
い、いや、これも気を使われているのかもしれない。
まあ、あれだ。今度からはもっと上手にやるようにしよう。
でも、これからフレンチなんて食べる機会あるかな? いや、あるか、例えば結婚記念日とか。
だけど、俺にはこんな風にポークソテーを頬張る方が性に合ってるのだろう。
「うん、旨いなこのポークソテー」
「うっわ、誤魔化すの下手くそか!」
「はっはっは」
こんな風にずっと楽しい食事が出来ればいい、そんな風に思った。
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