怒れる魔族

「・・・それでは、我々は動けないという事なのか?」

「いや、流石にそれでは非常に望ましくない膠着状態になってしまうよ。時間稼ぎをすることこそが、あちらの狙いかもしれないからね。実際、我々は勇者を警戒して攻めあぐねている。それこそがまさに人間側の思う壺かもしれないからね」

「では、どう攻めるのだ?」


 もう一人の人物は顎に手を当てて考えるポーズを取ったが、それも長くはなかった。

 巨人を安心させるかの如く、二ッと笑ったのだ。


「この場の戦術的判断は僕に委ねられている。でさ、僕の判断は堅実に少しづつ削っていく。これだね」

「むう。性に合わんな」

「君の意見は初めから聞く気はないさ」


 苦笑しながら巨人の意見をあしらい、持論を展開する。


「こちらの戦力を極力動かすことなく、あちらの戦力を徐々に徐々に削いでいく。なあに、数ではこちらが圧倒的有利な立場にあるんだ。小さく敗北した所でいくらでも挽回が出来るのだからね」


 有利であるからこそ取れる戦術である。

 撤退はしたものの、フォルキアは実質籠城に近い戦略を取っている。

 このまま攻め続ければ消耗するのはあちらだった。

 そんな話をしている時に、一匹のネズミが二人の元に走って来た。


「ああ、報告係の使い魔だ。どうしたんだい?」


 ネズミはチュウチュウと言っているだけだが、この人物には通じるらしく、何度かふんふんと頷いたかと思うと、みるみる表情を変えていった。


「ご苦労様。引き続き戦況を報告してくれ」


 それを聞くとネズミは「チュウ」と返事をし、再び走り去った。

 巨人にはネズミの言葉は解らず、辛抱できずに問いただした。


「一体何が?」

「くっくく。舐められたものだよ。あっちから攻めて来た」

「な、なんだとぉ!!」


 巨人は怒りの余り、顔を赤黒く染め上げ、赫怒した。


「人間が、人間風情が、身の程知らずにも打って出たというのか!」

「うん。許されざる事態だ」


 これには怒りの度合いは違えど、もう一人も腹を据えかねたらしく鋭利な瞳をギラつかせた。


「尤も、あちら側からしたら、消耗するだけだからね。まあ、正しい選択なんだろうさ」

「だが、許されん。奴らは何処を攻めているのだ?」

「うん。君が折角奪った砦さ。おそらくは既に奪還されているだろうね」

「うおおおおおおおおおおお!! 人間めぇーーー!!」


 巨人は蘇生液の中でボコボコと気泡を上げながら両手両足をバタつかせ怒り狂う。

 自分の功績がこうも容易く消え去ったのだ。

 その怒りは想像するに余りある。


「頼む! すぐにでもわしを復活させてくれ。奴らに眼にもの見せてくれるわ!」

「だから、それは無理だってば。別に酔狂で復活を遅らせている訳じゃないんだ。復活にはもう少し時間がかかるよ」

「あ、あとどれくらいだ?」


 本来なら怒鳴りつけてでも急がせるところだが、この人物の力を知っている巨人はそれほど強くは出られず、業腹であったがらしくもなく下手に出た。


「最低で一週間」

「い、そんなにかかるのか?」

「うるさいな。これでも突貫なんだよ。あまり苛立たせないでくれ」

「う」


 普段飄々としているのにその言葉には本当に苛立ちがあった。

 怒らせてはマズい。それこそ本当にこのまま蘇生カプセルを割られ、殺されかねない。


「僕が行くのが一番手っ取り早いんだけど、君に挽回のチャンスを上げようというんだ。これ以上に我儘は許さない」

「あ、ありがたいことだ。お願いする」

「うん。僕も間近で人間軍の動向を探り、知らせるよ。それまで力と勇者との戦いをどう進めるか、考えておいてね」


 (まあ、こいつに戦術を考えろって方が無理かもしれないけど)


 その人物は心の中でそう呟き、アトリエを後にする。

 まさか、本当に勇者が一度元に世界に戻ったなど、つゆ知らず、彼らは慎重に構造する。もし知っていればさぞ驚き、好機を逃したことを悔しがっただろう。

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