さらば実家
早く帰ろう。そう思って足を速めるが、ふと、振り返った。
最後に家を見ておこうと思ったのだが、視線を感じた。
そちらに眼をやれば、大樹が部屋の中からじっと俺を見つめている。
あいつ、俺にまだ何か言うことがあるのだろうか。
だが、窓を開けるでもなく、あいつは俺を見つめるだけだった。
その奥に潜む暗い情念を俺は察し、うすら寒いもんを覚えた。
さっさと出よう。
そう思い、無駄にでかい門の隅から出ると、そこには祖父、清が箒で門前を掃いていた。
「じーちゃん」
「おう蒼穹。行くのか?」
「見ての通りだよ。見送りに来てくれたんだ」
そう言ってバックを手で軽く叩いて見せた。
それを見て、清は寂し気に視線を落とす。
「お前、もうこの家に帰って来ないつもりだろう?」
「・・・どうかな?」
「隠さなくてもいい、大樹のあの様子は尋常じゃなかった。今度来れば俺でもあいつを止められるかどうか分からねえ」
俺は目を丸くした。
まさか、この祖父がそんな弱音を吐くとは思ってもいなかったのだ。
「何処を間違ったかねあいつは」
「じーちゃんのせいじゃないよ」
母と同様に清は今の大樹を作ったのは自分だと思い、責任を感じている。
巌はああいう性格で、言葉少なで指導員として優秀かと問われるとそうだとは言えないと俺は思っている。
無論、教えはした。
だが、本来「技は自分で盗め」が彼のスタイルなので、態度では示しても直接声を上げて教えたことはほとんどなく、指導してくれたのはもっぱら清だった。
「まさかお前に気を使われるとはな」
そう言って清はニヤリと笑った。
「俺にも責任はあると思うよ。あいつにとって白夜永命流は誇りだ。それをあっさりと放棄したんだからね」
「あったくよぉ。お前はちーと優しすぎるんだよな」
白夜永命流は古武術であり、剣道ではない。
“道”ではなく“術”を教える。
戦国から続くうちの流派は人を殺める為に磨かれた剣。
俺にはそれがどうしても馴染めなかった。
だから継がなかった。
今の時代、殺人を犯すなんてあり得ないと解っていても、殺人術を修めたいとは思わなかった。
だが、清の目がギラリと光り、俺を見据える。
それは幻夜ほどではないが、俺を見透かした瞳だった。
「だが、今のお前は違うな。仕事柄修羅場を潜ったのかは知らんが、以前合った時とは違う凄味がある」
ドクンと胸が高鳴った。
流石に俺の三倍近く生きているじー様だ。
俺は出来る限り態度に出さずに肩をすくめて見せた。
「まあそれなりには、修羅場も潜っていますよ」
あくまでも仕事の範疇として、暗にそう言った後で俺はこの話を切り上げる為、足を動かした。
「じゃあ、俺はもう行くよ」
そう言って、俺は一方的に話を打ち切ると、車を置いてある場所へと歩き始める。
これでは俺が何かを隠していると言っているとほぼ同義であるが、これ以上ボロが出る前にこの場を立ち去ろうと思った。
清はこれ以上は追及する事は無く「おう、またな」と、言って手を振ってくれた。
“また”があるかな。
そんなことを考えながら車へと向かった。
清に会いたくない訳じゃない。
むしろ、家族の中では会いたい方だ。老い先も短いだろうし。
幻夜よりも先に天国に行っちゃう気もするし。
でもなあ、こっちにまた来るのはねぇ。
ふらふら考えている内に車までやって来た。
新車のミニバンに「待たせたな」と言ってポンポンと軽く叩きつつ、エンジンをかける。
ブルルンと良い音がして唸りを上がる愛車のアクセルを軽く踏んだ時。
視界の端で何か動くものに気が付いた。
「動物?」
この辺りだと鹿とか猿とかいても全然不思議じゃない。
ふいっとそちらを向いてみると、なんと巌が素振りをしていた。
「なんで、あんな所で?」
素振りなんて道場でやればいい。
あんな敷地の外でやる必要なんて全くないのに。
そして、この行動の意味に思い至り、俺は思わず微苦笑した。
「まったく、不器用なんだからさ、俺の親父は」
俺は声をかけない、視線も合わせない、手も振らない。
ただ、少し嬉しくて、俺は軽やかにアクセルを踏み込んだ。
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