継承権

「おう、じー様。無理すんじゃないぜ?」

「一丁前にわしを心配か、孫息子が」


 清も幻夜にかかってはただの孫息子には違いなく、薄くなった頭部をかく。


「もう勘弁してくれや。俺なりに本気で心配してるんだぜ?」

「その破片。よく見せてくれんか?」


 清の気遣いをぶった切り、細枝の様な手を伸ばす。

 清も仕方ないといった感じで破片を渡した。

 目が悪くなった幻夜は破片を顔の間近に近づけると矯めつ眇めつ観察する。

 しばらくそうしている様を俺達は黙って見つめた。

 大樹は本当なら幻夜にも自分は悪くないと訴えたかったのだろうが、幻夜の作業に割って入る勇気は流石にないらしい。


「これは蒼穹がやったのか?」

「は、はい」


 ギロリと睨まれて、俺は生きた心地がしなくなった。

 この妖怪老人相手にすっとぼけでこの場を乗り切れるだろうか?

 まさかスキルが原因とは考えないだろうが、この男ならば何かを察するかもしれない。

 思わず、ごくりと喉を鳴らす。

 気が済んだのか、幻夜は破片をぽいっと清に放る。清は「おおっと」と慌ててそれを掴んだ。

 くつくつと幻夜は笑うと再び俺を何もかもを見透かした様な視線を向けた。

 そこからではもう俺の姿など、輪郭程度しか分からないだろうに。見られている視線には重苦しい力が宿る。


「理由はともかく、こんなことができるならやはり流派は蒼穹に継がせるべきかもしれんな」

「「え!?」」


 奇しくも、俺と大樹は同時に声を上げた。

 おいおい、何言ってくれてんだこの爺。

 大樹の驚きぶりは大変なもので、顔を青くして俺を睨む。

 おい、何で俺を睨む?

 それにしてもこの爺、やっと俺が苦労して抜けたのに、何でこんなことを平然と。

 せっかく慣らした道をどうしてこうも簡単に壊して進むのか。


「お、大爺様。この男は家を出ていった奴ですよ? 今更継ぐなんて」

「我が流派は」


 幻夜は大樹を遮って口を動かす。

 しわがれた声だというのに、その声は魔力が宿っているが如く、大樹を押し黙らせた。


「力が全てだ。人格も、出て行っただのなんだのの経緯も関係ない。ただ、強ければそれでいい」

「そ、そんな」


 愕然とした表情で大樹は膝をついた。

 こいつにとってはそれ程までにショックなのだろう。


「よろしいかと」


 これに賛同したのは父、巌だ。


「大爺様の仰る通り、白夜永命流は力が全て。強さを後世に残し、業を更なる高みへと導く事が宗主の使命」

「お、お父様!!」


 実の父にも見放され、大樹は絶望に顔を歪ませる。


「いや~、それはないと思うぜ?」


 これに異を唱えたのは清だ。


「誰を継がせるかは3年前に散々話し合っただろう」


 頭をかいて幻夜と巌に諭す様に向き合う。


「それによ、大樹の修練には二人も感心していただろうに。それにまた蒼穹に奧伝を教えないといけねーのか?」


 勘弁してくれと清はぼやく。

 大樹は清に救いの神を見たのか、顔を輝かせた。


「何を言うか。教え魔のお前は蒼穹が頼めばいくらでも教えよう? そもそも何故ここに蒼穹を呼んだんじゃ?」

「ぐ、それはあれよ。まあ? 教えるにやぶさかじゃねーけどな」


 弱! 清じーちゃん弱!!

 一瞬だけ輝いた大樹の表情が再び曇る。

 見ていて気の毒になってきた。

 これで俺も流派を継ぎたいっていうなら話は違うんだけど、俺全くその気がないからね。

 話が勝手に進むのは容認できない。


「あの、ハッキリと言いますけどね、俺は白夜永命流を継ぐつもりはありませんから」

「蒼穹」

「何を言っても無駄ですよ」


 巌が口を開きかけたので俺は早口でまくし立てた。


「父さん。もし本気で職場に圧力をかけても俺は継ぐ意思はないからね。もし本当にやるなら俺はこの家と縁を切る」

「・・・」


 俺は本気だ。

 流派を継がないと決めてその意を伝えた時、継ぐ継がないと散々揉めてやっと勝ち取った自由なんだ。どうあっても手放す気はない。

 それに俺はもうこの家と縁を切ってもいいと本気で考えている。

 母さんには悪いけど、この家は俺にとって居心地が決していいものじゃない。

 俺はもう一つの家族が出来た。

 勿論、進んで縁を切りたい訳じゃない。

 でも、この白夜の家が俺を強引に連れ戻すような真似をするならば、俺だって考えがある。

 白夜の家は多少警察に顔が効くかもしれないけど、即退職させるような圧力はかけれないはずだ。

 それに、するならばすればいい。

 苦労して就職して、自分なりに信念を持って続けているお巡りさんだけど、絢羽がいてくれれば俺は何だってできる。

 仕事に固執する必要はないんだ。

 俺の本気度を理解したのか、巌はそれ以上は何も言わなかった。

 一方で、大樹は複雑そうだ。

 自分がようやく掴み取った家督を、進んで放棄する俺が許せないという気持ちと、さっき俺が喧嘩腰で言ったように、俺が放棄することで自分が継げる現状がもどかしいのだろう。


「はっはっは。よいぞ。中々の胆力だ蒼穹。わしを始めとするこの面々の中でそれだけ言えるとは天晴よ」


 しわがれた声で幻夜が笑う。

 これには清も思うところがあるのか顎に手を当てた。


「そういえば、お前ちょっと見ない間に変わったか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る