白夜大樹

 家から道場の方へ向かう通路先で清が待っていた。

 俺は少し小走りで清の元へと向かう。


「道場で待ってればいいのに」

「お前が来るか心配でな」

「だから、逃げないってば」

「はっは。冗談だ。ちぃーとトイレに行ってくる。先に道場で待っていろ」

「分かった。年だとトイレが近くて困るね」

「生意気な口を利く様になったじゃねーか。精々粋がってやがれ」


 楽しそうに笑いながら清はトイレへと向かった。

 失敗だったかなと思う。

 これで稽古がより厳しくなったかもしれない。

 だが、絢羽が親孝行とさっきもメールで言っていたっけ。

 親ではなくて祖父だけど、清にとっては俺との大事なコミュニケーションなのだろう。

 白夜永命流を継がなかった負い目もある。

 たまにはこんな形で祖父と向き合うのも悪くはない。

 とはいえ、明日は筋肉痛で動けないかもしれないな。

 仕事どうしよう。来週旅行だから下手に休めないしな。

 朝早く起きないと間に合わないぞ。

 ため息をついて道場の裏口を開けた。

 道場は俺の記憶と変わってはいなかった。

 独特の空気と木の匂いが鼻をくすぐる。

 ここにいるだけで気が引き締まる。

 看板を掲げるなんてよく言うけど、確かに道場ってジムとは違う独特の世界観があるよな。

 白夜永命流は門戸を開いてはいない。閉鎖的な流派だ。

 身内にしかその業を伝えていない。

 だが、身内で使うには十分な広さと、しっかりとした作りの道場で、掃除でもして待とうかと思ったが、その必要がないほど綺麗だった。

 これは多分あいつが、そんなことを思った時、表の扉が開いた。


「蒼穹?」


 入って来たのは俺の弟である白夜大樹だった。

 俺よりも数センチ身長は低いが、眼光は鋭く、触れば切れてしまいそうな空気を相変わらず漂わせていた。


「よう、大」

「何しに帰って来た?」


 俺の挨拶を最後まで言い終わる前に、被せて随分と酷いことを言われてしまった。


「大爺様に結婚した挨拶だよ。ああ、お前にも言っておかないとな。俺、結婚したんだ」

「ふぅん」


 どうでもよさそうに大樹は吐き捨てた。

 こいつにとっては俺が帰って来た理由、即ちこの家の跡継ぎ関連のみが重要であって、ただの結婚報告であればどうでもいいのだ。


「式には来てくれなかったな。待っていたんだぞ?」

「なんで俺が蒼穹の結婚式に行く必要があるんだ」

「いや、家族だろう?」

「家を出て行った奴なんて家族とは呼べない」

「・・・ふぅ」


 にべも無しって所か。

 変わっていないなあ。

 流石に実の弟にこれほど邪険に扱われると寂しくもあり、腹立たしくもある。

 家を空けている三年間で少しは関係も改善できるんじゃないかと思ったんだけど。

 やっぱり早く帰った方が良かったかなあ。


「この間、奧伝まで修めたよ」


 突然大樹はうちの流派のランクについて自慢げに話して来る。

 白夜永命流には初伝、中伝、奧伝、皆伝、極伝がある。

 大樹はその奧伝までを教えてもらったと言っているのだろう。


「凄いじゃないか。親父でも奧伝を修めたのは20代後半だったっていうのに」


 親父は中々の才能があるってことらしい。それは清じーちゃんも認めていた。

 その親父よりも早く収めるなんて、素直に凄いと思う。

 だが、これに大樹は不快気に舌打ちした。


「素直に喜んでんじゃねーよ。少しは悔しくないのか?」

「ん? なんで?」


 キョトンとしてしまったが、どうもそれが大樹の逆鱗に触れてしまったらしい。

 再び舌打ちして噛みついてくる。


「もう家を出たから俺がどれだけ成果を出しても関係ないってか。一人で喜んでろとでも言う訳か」

「や、なんでそうなる?」


 余りにも拡大解釈しすぎだろう。

 なんで一人でその結論に達して一人で怒ってるんだ?

 自意識が過剰すぎる。

 でも、俺の態度もよくなかったな。

 こいつは家の流派に誇りを持っている。

 俺にとってはどうでもいいんだけど、血族のみに受け継がれる流派ってのがこいつの琴線に激しくフィットしているらしい。

 それにこいつは幻夜を神聖視している。

 幻夜の過去の功績が、今日の白夜家の繁栄に繋がっていると考えていて、それは決して間違いではない。

 うーん。ちょっと中二な感じがこいつは気に入ってるのか? そろそろそういったのも卒業しろよ。

 まあ、こいつに『やーい、中二乙』とか言えば激高するな。いや、言わんけど。


「蒼穹、中伝辺りで修業を止め、家を出て行ったお前に俺の苦労は解らないだろう。いつもそうやって上から目線でものを言うつもりだ」

「いや、思ってないって」

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