白夜永命流
俺の家は代々ある剣術を伝えている。
その名をズバリ“白夜永命流”。
嘘かホントか鎌倉時代にまでその歴史は遡るとかなんとか。
嘘っぽい話だが、一応家系図もあり、この妖怪爺が言うと本当なのではと信じてしまう。
事実、俺は少し懐疑的なのだが、俺以外の一族は全て疑うことなく信じていて、もし、俺が懐疑的だと話せばそれだけで問題になってしまうだろう。
かつては鎌倉幕府を陰から支えたとか、北条一族について幕府を転覆させたとか、妖しを滅する役職だったとか、笑っちゃう言い伝えさえある。
こんな俺ではあるが、困ったことに一応は宗家の長男なのだ。
俺がこの話を嫌がっていると解っているのだろう。
幻夜はこの話を続けようとはしなかった。
「まあ、子供ができたら連れて来い。次の孫となると、なんと呼ぶのかの? もう子孫と言ってよいのかな」
「ええ、連れて来ますよ」
「今日はすまんかったの。ゆっくりとしていけ」
「いえ、ご挨拶も済んだので帰ろうかと」
「嫁の飯が恋しいか? それとも身体か?」
「・・・ちょっとおじい様?」
俺は眉間にしわを寄せた。
「かかか、お前といると若返る気がするの。だが、このまま帰れるかな? 清が手ぐすねを引いて待っているだろうよ」
「・・・うわぁ」
頭を抱えた。
そうだ、清じいちゃんがいるじゃないか。
絶対に俺が帰って来たと知ったら、鍛え直すとか言って道場に連れて行かれるぞ。その前に逃げ、もとい、帰らねば。
「で、では、これで失礼します」
「うむ、武運を、いや、達者でな」
俺はそそくさと幻夜の部屋を出た。
その後で、幻夜の最後の言葉を思い返す。
「武運?」
多分、俺が上手く清じーちゃんから逃げられるようにって意味だと思うけど、まさか、俺が再び異世界に行くことを見越して?
馬鹿な、それが解ればそれこそ妖怪だ。
気のせいと解っていても、あの老人にはそれを見通してしまいそうな眼力と経験がある。
それが未だにこの家で幻夜が畏れられている理由の一つだ。ただ、年を重ねているだけではない。
背中に寒いものを感じながら俺は自室へと戻る。
ハッキリ言って、これ以上この家にいて、誰に顔を合わせても面倒だ。
早々に出て行こう。
そう思い、上着と荷物を取りに自室の襖を開けた。
「大爺様にはハッキリと報告できたか? 蒼穹」
そこにいたのは
父、巌ではなかった。
代わりにいたのは俺の祖父、清だった。
「じ、じーちゃん」
「俺の所にも挨拶はするつもりだったんだろーな、おい?」
「も、勿論じゃあないかぁ」
「嘘ついてんじゃねーぞクソガキ。お前、荷物まとめてさっさと帰ろうとしていただろうが」
「や、やだなあ。そんなことないよ」
「本当か?」
「勿論」
俺はにこりと笑い、清もニカっと笑った。
お互いが分かりあえたそんな瞬間。
「じゃあ、道場に行くぞ」
「いーやーだーーーーー!!」
荷物を置いて全力で逃げ出そうとした俺の首根っこを鬼はむんずと掴むとそのままズルズルと俺を引きずっていく。
齢70とは思えない膂力だ。
「ま、待ってよ。俺はもう流派は継がないって言ってるじゃんか」
「解ってるよクソガキが。その点はもう言いやしない。誰に似たのかてめえは頑固だからな。だが、それと身体を鍛えているかどうかは別の話だ」
「一応、適度にランニングとか、剣道の出稽古はしてるよ」
「ふん、肉付きはまあまあだが、実際に見てみんと解らんからな。とにかく付き合え」
「嫌だよ。絢羽が待ってるんだ!」
「チ、もう尻に敷かれてんのかよ。それともお前が嫁の尻に用があるのかよ?」
「あんたら年配はそんな思考しかできないのか!!」
幻夜も清もただのエロ親父と思考が変わらない。
むしろ中学生か。
はあ、もう諦めよう。
「解ったよ。行くからさ。ちょっと待ってよ。絢羽に帰れないって連絡だけさせて」
「もう逃げないか?」
「逃げませんて」
「手を離した隙に」
「いや、しないってば。もう少し孫を信じてくださいませんかねぇ」
「ふん。まあいいだろう。道場で待つぞ」
ぱっと手を放すと、清はそのまま道場の方へと行ってしまった。
はぁ~と、ため息をつく。
やっぱりこうなった。
半場予想はしていたけど、そうならない運命を信じたかった。
俺は鞄からスマホを取り出して、絢羽にメールを送る。
『ごめん。やっぱりこっちに一泊する。心配しないで』
すると、送った瞬間に履歴が付いた。
わずかに目が大きくなる。
『分かった。たまには親孝行してあげたら? 今度は私も一緒に行くね』
そんなメッセージが帰って来た。
もしかして、ずっとスマホを握って待ってた?
心配させてしまったかもしれないと申し訳なく思う反面、ちょっとほっこりする。
俺、愛されてるなぁ。
どんな状況であっても周りが引くほどのバカップルが新婚かもしれない。
さて、と。エネルギーを貰ったところで行きますか。
押入れを開けるとそこには綺麗に畳まれた道着があった。
俺が昔着ていたものだ。
母がきちんと洗濯をして、いつでも俺が着られるように準備していてくれたんだろう。
暖かさと苦しさが交互に入り混じる複雑な気持ち。
母に心の中で謝りつつ、俺は道着に着替えた。
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