白夜幻夜
短く端的な会話を打ち切り、俺は奥の通路へと足を運ぶ。
古いくせに無駄に大きいので家の中の移動が面倒くさい。
一階しかないせいか一面が広すぎる。
二回廊下の角を曲がり、家の一番奥の間に俺は到着した。
一度呼吸を整え、ゆっくりと声を出す。
「大爺様。蒼穹、参りました」
「入れ」
慣れていない者には非常に聞き取りづらい声が室内から聞こえた。
ゆっくりと襖を開き、中に入って閉める。
8畳の部屋のほぼ真ん中に一人の老人が布団で横になっていた。
「お久しぶりです。大爺様」
「うむ」
非常にしわがれた声と皺の寄った表情の老爺が俺を見た。
齢なんと110歳。
テレビに出られそうな長寿者ではあるが、バラエティー番組などで見かけるご老人達は健康的で矍鑠としていらっしゃるが、この老人はそうではない。
一言で形容するならば妖怪。
『この人がぬらりひょんですよ』と言えば信じてしまいそうな風貌である。
俺の曾祖父が2年前に他界したというのに、その父であるこの幻夜は未だに呼吸を続けている。
健康的に過ごしていたからこの年齢まで生きてきた、のではなく、生きようという執念、或いは怨念があるからこそ生きている。そう思わせる雰囲気がこの老人にはある。
父とはギクシャクとした関係になってしまい、昔は怖くもあったが、今はなんとか対面し、話もできる。だが、この老人とは未だに巨大な隔たりを感じる。
当たり前か、一世紀を生き抜いた人間を、たかが26の俺が理解できるなどおこがましいというものだ。
「結婚式は無事に済んだようだな。おめでとうと言っておこう」
「ありがとうございます」
「くっくっく。わしと顔を合わせるのが嫌か?」
「い、いえそんなことは」
「よいよい、この家でわしを畏れぬ者などおらぬ」
「大爺様」
「それ」
「え?」
ギロリと睨まれ、俺は息が詰まった。
「わしも“大爺様”と呼ばれて随分と経つ。たまには“おじいちゃん”と呼ばれたいものだな」
「それは、畏れ多いです、から」
「同じ親族で何が畏れ多いものか」
「それに、清じいちゃんと混同してしまいますから」
「上手く逃げたな」
「・・・」
「よいよい、それよりも」
ぐいっと、幻夜は身体を起こした。
「起きては!」
「この年になると起きるだだけで随分と大仰だな」
「大爺様」
ゆるりとこちらを見ると、幻夜は目を細める。
そして、にぃっと笑った。
「お前、人を殺めたな」
「!!」
呼吸が上手く吸えなくなり、一瞬で口の中が乾いた。
なんで、なんで分かる?
あの場にいるはずはないのに、なんでそれを知っている?
この、この妖怪め!
「目はとんと見えにくくなったが、おかげで違うものが見えるようにもなった。解るぞ。お前から死の匂いがする」
「に、匂い」
「なに、比喩じゃよ。黒い何かが見えるとも言えるかもしれん。あくまで漠然とした表現だな。だが、最近、久しく見ない人を殺めた者の気配を感じるのだ。お前からな」
「・・・そ、そんな気配なんて」
「信じられんか?」
「大爺様にかかれば、名探偵も形無しですね」
「くはっはは。わしを相手に冗談を言う奴はお前くらいよ。のぅ、何故我が白夜家が未だに政財界に顔が利くのか解るか?」
そう、無駄に歴史の長い我が白夜の一族は、政財界にある程度知り合いがいる。
それは何故かと言われれば、この幻夜の影響が大きい。
「我が白夜家は、それこそ鎌倉時代あたりから、この国の国益の為、裏の世界で生きてきた。もうそんな時代ではないが、わしは第二次世界大戦でこの腕を大いに振るったものだ。その為に今の政財界の小童共の祖父辺りには知り合いが多い。くっくく、わしが口を開けば、その家が滅びるくらいには秘密を知っている」
「・・・・・・」
今までなんとなくではあるが、そんな気はしていたが、ここまでストレートに言われたのは初めてだ。俺が、人(正確にはモンスター)を殺したのを知ったからだろうか?
「だから、解るのだ。お前が戦場に出たことを、人間かどうかは解らんが、何人もの命をむしり取ったこともな」
やっぱり妖怪だ。
一刻も早くこの部屋から出たい。
「まあよいさ、ちょっとした小話よ。気にするな」
気にするわ!
こっちは人生最大の秘密と思っていたのに、それをあっさり看破されたんだぞ。
まあ、それでも流石に異世界に行ったってことは解らないだろう。あまりにも非現実的でファンタ―ジーだし。
「それで、お前が娶った娘は連れてきているのか?」
「いえ、今日は来ていません」
「そうか、すまんな、結納にもいけんで」
「とんでもない、大爺様にご足労頂くほどのことではありませんよ」
「わしに合わせたくないだけではないのか? くく」
「そんな、身体を大事にして下さいってことです」
「悪かった悪かった。そう、お前が“白夜永命流”を継がなかったのはひとえにその優しさにあった。お前は古流剣術を継ぐには余りにも優しすぎた」
「・・・そもそも向いてはいませんでした」
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