帰省
俺の住む街から一時間ほど車を走らせた奥深い山中に俺の実家はあった。
ここだけが、100年前から時間が動いていないかのような家で、大仰な作りの門が建っていて、俺はその横の家の者が使う小さな戸を開けて屋敷に庭に入った。
そこから数歩分歩いて俺は屋敷の玄関を開ける。
「ただいまー」
一応、挨拶をしたが、誰一人として応えてはくれなかった。
いいんだけどね、さっさと靴を脱いで自室に。
「あら、蒼穹さん」
廊下を歩き始めた所で、母の
息子にたいしても常に“さん”付けするのがうちの母だ。
「ただいま、母さん。結婚式ではありがとう」
「結婚式に親が出席するのは当たり前のことよ。来ることはお父さんから聞いていたけど、出来ればもっと早く連絡を頂戴ね」
「や、俺もいきなり呼ばれたんだけどね」
母を見ながら苦笑いをして、遠回しに父の悪口を言ってやった。
母も俺の意図を察したのか、苦笑して「まあまあ」と宥めた。
「部屋は掃除しておいたから自由に使ってくれて大丈夫ですよ。今日は泊っていくのでしょう?」
「いや、帰るつもりだよ。絢羽にも帰ると言ってあるし」
「ええ! 帰るの?」
母は驚き、口に手を当てた。
「だって、ここまで1、2時間運転したんでしょう? それなのに今日帰るの?」
「うん。絢羽も待ってるし」
「・・・そうだけど」
もどかしそうな表情で俺を見つめ続ける母と顔を見合わせづらくなったので、俺の部屋を指さした。
「掃除してくれたんだよね?」
「え、ええ」
「ありがとう、使わせてもらうね」
内心で母に謝りながら俺は自室に向かった。
ここは俺のいるべき場所ではもうない。
なるべく、長く居たくはないんだ。
襖を開けて自室に入る。
俺が出て行ったままの部屋がそこにはあった。
普通、一年もその部屋の主がいなければ、色々様変わりしたり、物置代わりになっていようものだが、全く変わっていない。
隅々まで埃がないことから、母は今回の俺の帰省とは関係なく、定期的に掃除をしているんだろう。
ズキリと胸が痛んだ。
母だけは俺の味方をしてくれたっけ。
畳にゴロンと寝転がり、一息ついてさてどうするかと思っていた所にタイミングがいいのか悪いのか、襖を開けて父が入って来た。
「来たか、蒼穹」
「・・・ただいま父さん」
ぐっと腹筋に力を入れ、胡坐をかいて座り直しても、父は部屋に入ろうとはしなかった。
「大爺様がお待ちだ。早く来い」
頭をかきながら苦笑いをしつつ、無駄と解っていても苦言を呈する。
「ねえ、久々に帰って来た息子にお帰りはないの?」
「お前が本当に帰りを望み、帰って来たのならばそうしよう。だが、お前は呼び出され嫌々顔を出した。戻ることに忌避感さえ抱いていたはずだ。そのお前に“おかえり”を言うなど笑止千万」
「笑止千万て」
あんたはどこの時代劇から舞い降りたのでしょうか父よ。
まあ、痛い所を突かれたのは事実だ。
先程もここは自分の居場所ではないと自分の心と向かい合ったばかり。
ならば、形だけの“ただいま”“お帰り”のなんと空虚なことだろう。
俺は上着をハンガーにかけると父に問う。
「行くよ。大爺様は自室?」
「そうだ、最近はあまり出られない」
「分かった。一人で行くよ」
「ああ」
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