呼び出し
「いってぇ」
じーんと手が痺れ、取ったボールを地面に落とし、手を見ると真っ赤になっていた。
腫れるなこれは。間違いなくダメージと言っていいだろう。
「でも、ボールは壊れなかったな」
転がるボールを見つつ、俺は首を傾げた。
死ぬほどのダメージじゃないと発動しないのか。
或いは殺気や害意が無い為か。
やっぱりスキルは持ち帰っていないのか。
結局分かったのは150㎏のボールでは、痛みを感じても何も起こらないということだけだな。
「ま、いいや。折角だし150㎏打っちゃおうかな!」
学生時代はカスるくらいしかできなかった速度。
今の俺ならば、打てる!
チート使っちゃう訳だから、ズルなんだけど、それでもちょっとわくわくする。
その時、俺のスマホが鳴った。
「ん?」
ボックスを出て、ショルダーバックからスマホを出す。
相手は俺の父親だった。
「父さん? なんだろう」
少し胸がざわっとしながらも、スマホをタップする。
「はい、俺だけど」
「私だ」
思わず苦笑してしまう。
実の息子に対しても“私”なんて他人行儀な一人称を使う。そういう人なのだ、俺の親父は。
白夜巌。
正しく名前を体現した人物だ。
「うん、この間は結婚式ありがとう」
一応、式には母と一緒に参加してくれたので、礼を言うと、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに先を続けた。
「何故、家に顔を出さない?」
「・・・何故って」
「大爺様に顔を見せないのは何故かと聞いている」
「いや、ちゃんと行こうとは思っているよ」
俺はみっともなく言い訳をした。
結婚の報告に行こうとは思っていた。
しかし、いつ行くかは踏ん切りが付かなかった。
もう、家には3年は帰っていない。
どうにも足を運ぶのが重かった。
俺のそんな心を読んだのか、父は追撃してくる。
「それはいつだ?」
「・・・来週に新婚旅行に行くんだ。その御土産を持って」
「不要だ。一日くらい時間を取って構わんだろう? 来い」
「俺にも仕事があるんだけど」
「そうか、なんならこちらから手を回してもいいぞ」
「分かった! 分かったよ! 変に俺の職場に圧力をかけるのは止めてくれ」
「これから来れるか?」
「これから!?」
「早いに越したことはない。お前も早く済ませたいのだろう?」
ふぅっと、ため息をついた。
この親父も大概だな。
だが、早く出頭しないとドンドンあっちが何かおかしなことをしてくるかもしれない。
「分かったよ。今から行く」
「よし、待っているぞ」
そう言うと早々にぶつっと切ってしまった。
「はあ、面倒くさい」
実家にはもう帰りたくはないが、全く縁を切ることもできなかった。
実家は古い家柄で俺の仕事に少しだが介入することができる。
逃げてもどこまでも追ってくる。
そんな家に逃げ続けるのは非常に困難であり、意固地に歯向かうつもりもない。
何とか今の距離に落ち着くまでに、何度も揉めた。
だからこそ、この呼び出しには応じる他ない。
今の距離関係を持続させるためにはだ。
手に取ったままのスマホをタップし、絢羽にメールする。
『今から実家に行く。帰りは遅くなるから先に寝てて』
送信。
絢羽も俺の家の事情は知っている。
これで伝わるだろう。
「はあ、やだなあ」
ぶつくさ言いながら、既に止まっていた投球マシーンを少し名残惜しそうに見つめて、俺はバッティングセンターを出ると、車のエンジンをかけた。
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