取り調べ

 一日経って、俺は所轄の警察署に来ていた。

 昨日のあおり運転事件の簡単な取り調べを受けるためだ。

 とはいうものの、昨日簡単に説明は済ませているので、話すことはあまりないから、それほど長い時間拘束させることもなかった。


「ふう」


 小さくため息をついて出入口へと向かう途中で、署長と遭遇した。

 キリっと姿勢を整えて挨拶をする。


「お疲れ様です署長」

「おお、白夜。聞いたぞ、えらい目にあったらしいじゃないか?」

「はい。本当に」

「まさか、現職の警察官があおり運転に合うとはな」

「こっちもびっくりですよ。まあ、相手の男も驚いていましたけど」

「お前に何かあると、俺が上から小言を言われちまうからな」

「あはは、申し訳ありません」

「冗談だ。気にするな」

「あの男は何か言っていました?」


 話が変な方にいかない内に俺は話を戻そうとした。

 署長も俺の意図を察してくれたのか何食わぬ顔で頷いた。


「ははは、小耳に挟んだ話だと『あの野郎ハメやがった』とか言っていたらしいぞ」

「いつ私が嘘を言って騙したんでしょうかね」

「気にするな。それよりも奥さんも一緒にいたらしいな。その後はなんともないか?」

「はい、あの後散々買い物に付き合わされました」


 俺は署長を結婚式に呼んでいるので絢羽の顔を直に見て、挨拶もしている。

 それを聞いて署長は意外そうに笑った。


「ほー、結構な美人さんだから繊細なのかと思ったが、逞しいじゃないか。いや、それくらいの方が、警察官の嫁さんにはいいかもしれないがな」

「そうですね。溜まったストレスをショッピングで解消しようとしたらしくて、随分長い間付き合わされましたよ」

「俺は思うんだけどな。あの買い物に対する女のエネルギーってのは男には理解できないもんだと思うんだ。きっと買い物をしている時にはアドレナリンがドバドバ出ているに違いないぞ」


 うんうんと腕を組んでうねる署長に俺は苦笑した。


「そんな大げさな」

「馬鹿、大げさなもんか。なら体力のある男が先にへばっちまうのは何故だ?」

「ああ、なるほど、確かにそうですね」


 異世界から持ち帰った能力に関係なく、長距離を走るとなれば間違いなく俺が勝つ。

 なのに絢羽の方が、買い物では生き生きと動いているのは確かにホルモンが分泌しているからかもしれない。


「もう一つは気疲れだな」

「気疲れ?」

「そうさ、まったく興味のない商品棚を見て、どうでもいい服の感想を求められて答えて、しかも折角答えたのに、俺が選んだ方じゃない服を選ぶときた。何を考えているのか全く分からん」

「奥様がですか?」

「まあな。娘と行ければ俺もまた疲れ知らずだったかもしれんが」

「娘さんはおいくつになりましたか?」

「今年で14になった」


 署長はちょい悪親父を地でいく人だが、やはり他の父親と同じく娘には弱いらしく、この時ばかりは表情が緩む。

 だが、その表情もすぐに曇った。


「しかしな、娘と買い物なんて小学生の時までだ。中学に上がってからは俺を避けるようにすらなった。俺は特に変わった訳ではないんだがな」

「年頃、思春期ってやつですかね。父親といる所を知り合いに見られるのが恥ずかしいんじゃないんでしょうか?」

「かもしれん。だが、その内“キモイ”とか娘に言われてみろ。凶悪犯を取り知らべしている方が万倍楽だぞ」

「それは、きついですね」

「だろう?」

「私も、もし娘が生まれたらそう考えるかもしれませんね」

「子供はなんだかんだでいいもんだ、早く作れ。そういえば、来週新婚旅行だったな?」

「はい、ご迷惑をおかけします」

「それはいいが、行先はハワイなのか?」

「いえ、フィンランドです」

「あ?」


 どうも署長はフィンファンドがどこにあるのかイメージできずにポカンと口を開いた。

 それにしても当然の様にハワイを旅行先だと思うとは。


「あれですよ。ずんぐりしているユニークな姿のキャラが生まれた所。アニメで見たことありませんか?」

「おお、あれだな。知っているぞ。確か日本にもそれのテーマパークが出来たとか聞いた事がある」

「それですそれです。本場に行ってきますよ」

「そうか、楽しんで来い、ああそれと」


 これまで楽しく会話したいた署長が少し声を忍ばせた。


「今回の件、マスコミには伏せた。署内でも緘口令を敷いたぞ」

「そうですか、ありがとうございます。時期が悪くて心配していたんですよ」

「新婚警察官があおり運転に合う。如何にもマスコミが食いつきそうなネタじゃないか。折角新婚旅行が控えているんだ。台無しにされたくはないだろう?」

「本当に、感謝します署長」

「なに、それで、だ」

「はい?」


 署長はさらに声を小さくして一歩俺へと近づいてきた。

 なんだろう、俺にも口留めしなければならない何かがあるのだろうか。


「どうも、娘もお前の旅行先のキャラが好きらしい。この間スカイツリーに行くと言って、そのキャラのカフェがあるらしく、グッズを買ってきたんだ。だからその」

「分かりました。娘さんに何かお土産を買ってきます」

「おお、いや悪いな」

「いいえ、ではそろそろ失礼します」

「うむ。美人の奥さんによろしくな」


 ふう、思わぬところで署長の家庭事情を知ってしまった。

 あの署長がねー。

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