あおり運転

「やだ・・・」

「まさか、そこまでするか?」


 降りて来た。

 如何にもなチンピラ風のネックレスをした男が酷くイラついた表情でこっちに向かって肩をいからせながら歩いて来る。

 即座にドアをロックする。

 男はのっしのっしと歩き、俺を窓越しから見下ろすと、怒鳴りつけてきた。


「てめえ! 何イチャついてやがんだよ!!」

「そんなにイチャついてないだろ?」

「ふざけんな、公然猥褻罪だ。表出ろこらあ!」

「そんな無茶苦茶な」


 別に車内でキスをしていたわけでもなんでもないぞ。

 完全に言いがかりだ。


「いいから出るんだよ!」


 男はドアノブに手をかけた。

 ガタガトと音をさせ、ロックしているのに気が付くと、さらに顔を歪めて怒鳴り散らす。


「てめえ! なに鍵かけてんだよ。さっさと開けろ!!」

「冗談じゃない」

「あ、もしもし警察ですか」


 振り向くと絢羽はスマホから警察に電話をかけている様だった。

 どうだ、これでビビって戻ってくれるといいんだけど。


「おい、後ろの女! どこにかけてんだよ、ぶっ殺すぞ!」


 絢羽はビクリと身体を震わせて、顔面蒼白になった。

 思わずスマホから耳を放すが、俺はそれを止めさせる。


「止めないで。位置情報を正確に伝えるんだ。巡回の人間がすぐ近くにいる可能性もある」

「で、でも」

「大丈夫だ。俺が付いてる」


 手を握って安心させてやると、安心したのか通話を続けた。

 表示されているカーナビのマップから正確な位置情報を伝える。

 よし、これで間もなく来てくれるだろう。


「ふざけてんじゃねえよ。おら、開けろって言ってんだ!!」


 ドンドンと、男は足で車を蹴り始めた。

 マジでふざけんなはこっちの台詞だ、今後の事を考えて折角買ったミニバンだぞ。

 まだローンだって残ってるのに。


「おい、今すぐ止めろ」

「うるせえ! だったら出て来いよ。女の前だからってかっこつけようとしてるんじゃねえ!」


 く、誰が出るか。

 このままじっとしていれば、警察が来る。

 そうしていると、男は舌打ちをして蹴るのを止めた。

 よかった、警察が来ると解って逃げることを選んだか。

 なんて、考えていたら全くの逆行動に出た。

 いきなり上着を脱ぎだすと袋状にして小銭を詰め始める。


「おいまさか!」


 それを叩きつけてガラスを割るつもりか!?

 そこまでして俺に暴力を振りたいのか?


「なんて奴だ」

「そ、蒼穹!!」

「くそ!」


 なるほど、解った。どうりであおり運転が減らない訳だ。

 こいつら、自分が悪いと全く思っていない。

 今から俺の正体を明かすか? いや、それでこいつが止まるとも思えない。

 仕方が無く、ロックを外し、俺は勢いをつけてドアを開けた。


「うげぇ!」


 男はドアにぶつかりゴロンと倒れる。

 あれ? 勢いよくといっても、そんなに倒れるほどの衝撃か?

 違和感があった。

 嫌な予感がして俺は車から降りる。


「ごほ、て、てめえ」


 立ち上がった男は、まだ痛いのか腹を押さえつつ、小銭の入った服をぐるんぐるんと回し始めた。今度の標的は俺か。


「おら!」


 右手を伸ばして上から振り下ろす即席分銅を重心を低くして左に躱し、そのまま懐に入ると、左腕を掴んだ。


「い、いててえええええ!」


 軽く握っただけなのに男は苦痛で呻く。

 それほど強く握った訳じゃないのだが、男が大げさに痛がりっている訳でもなさそうだ。

 俺の手は男の服に食い込み、キシキシと骨にまでダメージを与えているのが解る。

 なんてことだ。

 俺の力は異世界からこっちに戻って来ても失われていない。

 或いはと思い、俺は服の分銅を避けたけど、もしあれに当たっていれば、もしかしたら、分銅の方が砕けたのかもしれない。

 そうなったら流石に不自然だ。

 男に直接打撃を加えれば、多分こいつは死ぬ。

 ゾクリとした。

 異世界の非日常が俺の日常を侵食していく。

 こいつを殺して俺が殺人犯になる。

 血の気が引き、少し震えた。


「く、くそが、放せ」

「おっと」


 一先ずはこいつを取り押さえよう。

 腕を捻り、関節を決めるとそのまま押し倒し、ホールドする。

 これでこいつは逃げられない。


「いててええ、お、お前なんかやってるのか!?」


 “やってる”とは武道の経験を言っているのだろう。

 そう、俺はやっている。

 何故なら、

 その時だ、一台の白バイが俺達の前に走って来た。

 警察だ。


「来てくれたか」


 ほっと胸を撫でおろす。

 よかった、近くを巡回している人がいたんだ。

 ヘルメットを外して近づいてきた警官は俺を見て驚いた。


「あれ? 白夜さん」

「ああ、金井さんが来てくれたのか」

「通報したのって白夜さんだったの?」

「うん、取りあえずこいつ、どうにかしてよ」

「おっと、そうだね」


 金井さんは俺が抑えている男に近づくと、そのまま手錠をかけた。


「ぐ、てめえ。警察の知り合いなのか」


 金井さんと交代して手を放しながら、服を正すと、キリっと顔を引き締めて男に言ってやった。


「〇〇派出所勤務の白夜巡査長だ。非番なんで手帳はないけどね」

「け、警察!?」


 そう、俺はいわゆる交番勤務のお巡りさんなのである。

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