戻って結婚式
「汝、白夜蒼穹は新婦を伴侶とし、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しき時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、永遠の愛を誓いますか?」
「え?」
「え?」
「え?」
俺に続き、神父様と絢羽は全員疑問形の声を上げた。
俺は動揺を隠せず冷や汗をかく。
なんだこの状況は?
俺が元の世界に戻ってまず悩むのは何処に戻るのか、どれだけ時間が経過したのか、それをどう言い訳するのかであった。
俺があっちの世界にいた時間は少なくとも10時間オーバー。
こっちで言えば深夜のはずだ。
戻る場所はそのまま教会入り口だと思っていたんだけど、この状況はなんだ?
誓いをしているということは、こっちの世界ではほとんど時間が経っていないのか?
もしそうならありがたい。心配も言い訳もしなくて済む。
問題は俺が誓いをする真っ最中だって事。
つまりそれは、教会に入場し、今この時まで勝手に俺は動いたって事だ。
俺に記憶はない。
だというのに、皆が違和感なく受け入れているということは、行動に全く問題なかった訳だ。
「蒼穹?」
「っつ!」
し、しまった。
今は誓いの言葉の真っ最中らしい。黙っているのが一番まずい状況だ。
「は、はい。誓います!!」
お、思い切り声が裏返ってしまった。
滅茶苦茶恥ずかしいけど、どうやらそれがいい方向に作用したらしい。
式場の何人かがクスクスと笑っている。
本来なら穴があったら入りたい状況だけど、俺を不審に思う空気が払拭された。
緊張して言葉が出ずにいたとでも勝手に解釈してくれたんだろう。
絢羽を見ると、クスリと笑っている。一先ず安堵した。
「では、新婦、白夜絢羽はこの男を伴侶とし、永遠の愛を誓いますか?」
「誓います」
俺とは違い、絢羽は迷いなく宣言した。
俺からしたら混乱も仕方なしな状況ではあるが、それはそれ、彼女には少しでも不安にさせてしまった自分を恥じた。
「では、誓いの口づけを」
来たか!
俺の胸は大きく跳ねた。
いや、勿論ファーストキスではないよ。
でもね、周りに人がいる訳ですよ。しかも、親、親類縁者に友達に仕事関係の人までいる状況でキスするなんてハードル高くない?
参列する側で結婚式に参加したことはあるけど、その時の新郎新婦は皆堂々とキスしていたなあ。なんであんなに堂々としていられるんだろう。
儀式と割り切っているから?
ほんの一瞬唇が触れるだけだから?
俺には無理ゲーなのだが!?
ヤバイ、汗出て来た。
な、なんか顔が赤くなってきている気がする。赤面症が呪わしい。
しっかりしろ俺。異世界で命がけでモンスターと戦っただろう。それに比べればなんてことはないはずだ。
頭がぐるぐるしてきた時、絢羽が俺にだけ聞こえる小さな声で「大丈夫だよ」と、言ってくれた。
ハッとすると絢羽は薄く笑って俺を落ち着かせてくれた。
自分を情けなく思いながらも覚悟は決まった。
これ以上絢羽に恥をかかせるわけにはいかない。
肩の出たウェディングドレスは絢羽をより細く小さく見せていたが、それを愛おしく思いながらも肩を軽く抱く。
目を閉じる彼女に近づき、唇を合わせた。
会場の温度が上がった様な気がした。
もし、これが神聖な儀式とかじゃなければ、どれだけからかわれたことだろう。ありがとうキリスト教。
不自然にならないように、意識してゆっくりと絢羽から離れる。
絢羽を見るとほんのりと顔が赤い。
やっぱり恥ずかしかったんだな。
なのに俺を気遣ってくれて。
いい人、嫁さんにもらったなぁと俺はしみじみ思った。
これで俺達はなんとか結婚式を無事に終わった。
*********
式を無事に終え、会場を移し、披露宴が行われた。
絢羽側の人間があまりいないので、会場はホテルの中でも小さいサイズで収まった。
式と違い、披露宴は面白おかしく進んだ。
俺の悪友達は昔取った映像をDVDに焼き、上手く編集して流してくれた。
懐かしいと思う半分、あまり昔のことは思い出したくない面もあったのでほろ苦いビターチョコレートの様な気持ちだ。
そして、そんな俺の気持ちを現実がどろりと塗り直して来る。
「蒼穹」
「父さん、母さん」
俺の両親が俺達二人の席にやって来た。
絢羽はにこやかに笑いながら席を立ち一礼した。
「お義父様。お義母様。この度は出席してくださりありがとうございました」
「ふふふ、結婚おめでとう二人とも。絢羽さん。蒼穹をお願いね」
「絢羽さん」
二人の女性が朗らかに挨拶している所にズンと思い声が響く。
「粗忽な息子ではあるが、よろしくお願いします」
厳めしい顔をしながら父が頭を下げた。
絢羽は慌てて頭を下げる。
「こ、こちらこそ不束者ですがよろしくお願いします」
両者頭を下げ下げしていると、母がやんわりと助け船を出してきた。
「そういった挨拶は顔合わせでしたじゃありませんかお父さん」
「うむ。だが、不詳の息子を委ねるのだ。いくら頭を下げても下げ過ぎということはあるまい」
そんな父の言葉を受けて、俺と母は苦笑した。
俺は周りをきょろきょろと見渡す。
「そういえば、大樹は?」
父さんは無表情、母さんは寂しそうに薄く笑う。
「ちょっと都合が悪くて」
「・・・そっか」
俺も薄く笑う。
解っている。あいつがそんな理由で欠席したのではないということは。
だけど、この場の空気をこれ以上重くする必要はない。
だって既にこの父のせいで空気めっちゃ重いもん。
俺が父を苦手としているのは母も十分に解っているので、挨拶を済ませると両親は早々に自分達の席へと戻って行った。
「ふう、やっぱ呼ばなきゃよかったかな」
「そういうことを言うんじゃありません」
うんざりして呟くと絢羽にお叱りを受けた。
気まずげに頭をかいて笑う。
「固い親でごめんな」
「ううん、いいのよ。うちの親はそういうタイプじゃないけど」
見ると両親は自分の席には戻っておらず、絢羽の両親に挨拶をしていた。
また俺を悪くあげつらっているんだろう。
「絢羽の両親は温和な人なのにね」
「うん、そうだね」
そう言って絢羽は優しく微笑んだ。
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