余韻
「ふぁあ~。つっかれたあ」
俺は着替えを済ませ、ラフな格好になるとホテルのスイートの部屋のベッドにドスンと倒れ込んだ。
あれから俺達は披露宴を終え、来客に挨拶を済ませると、ホテルマンと軽く打ち合わせを済ませ、ようやく解放されてくつろぐことが出来た。
滅茶苦茶疲れた。
まあ、ほとんどが気づかれなんだけど、それでも精神的な負担は半端じゃなかった。
それに俺は、ほんの数時間前まで異世界で本当の死闘をしていたのだから、ストレスは相当なものになっているだろう。
「本当にね。肩がこったなぁ」
そう呟くと絢羽もまたベッドに転がり込んだ。
「新郎新婦は料理なんて食べてる暇はないっていうけどホントだったね」
「いや、俺は結構食べたよ?」
「そういえばそうだね。あーあ、じゃあ食べてないのは私だけかあ」
天井を見上げ、絢羽はぼやいた。
ハッキリ言って、俺は腹が減っていた。
なんたって異世界の時間を入れれば10時間はお腹に何も入れていない。空腹も仕方がない。
でも、矛盾がある。
何故って俺は10時間消えたわけじゃないんだ。俺の消えた時間は僅か数分だった。それも、その数分の記憶が俺にはなく、身体だけが動いていたらしい。
ハッキリ言って怖い。ちょっとしたホラーだ。いや、れっきとした、かな?
だから、俺の身体はこっちの世界にそのまま残っていたということで、それならお腹は減っていないはずだ。
今の空腹は単純に気付かれなどでお腹が減っていただけかもしれない。
でも、本当に意識だけがあの異世界に飛んだとしたら、もし死んだらどうなるんだろう?
ブルリと身体が震えた。
ああ、俺はもしかしたら死んでいたのかもしれないんだ。
そう考えると恐ろしくなった。
ゆっくりできる時間が出来た事で、あの異世界での出来事を考えれるようになってしまった。
今さらながら安堵がやって来た。
生き残った。
俺は無事に自分の世界に帰って来れたんだ。
「蒼穹?」
「え、何!?」
「何驚いてるのよ」
「いや、急に声をかけてきたから」
「急にって、話してる最中だったでしょ?」
「あ、ごめん」
「ねえ、今日ちょっと変よ?」
俺の態度を不審に思ったのか絢羽が心配した様子で顔を覗かせた。
「変て、どの辺が?」
ちょっと駄洒落っぽく言ってこの場をごまかそうとした。
だが、絢羽は勘が良い。俺が何かをごまかしていると直ぐに察したようだ。
ついでに言えば俺は嘘が下手だ。きっと浮気をしたらその日のうちにバレるだろう。いや、しないよ。あくまでも例えだよ? 誰に言ってるんだ俺は。
「心ここにあらずって感じで。ねえ、蒼穹に取って結婚式よりも大事なことって何?」
ギクリとした。
そんなに不審な態度を取っていただろうか?
それで妻になった絢羽を不安にさせてしまっては夫失格だ。
だけど、どう言えばいい? 異世界に行ってましたと言って信じる人間がいるだろうか? 絢羽の場合、アニメが好きなだけにハイハイ乙乙~とか言いそうだけど、時が悪いな。それで誤魔化したと思われたら信じてもらえなくなってしまう。
信じて欲しいから言う事が出来ない。
なんて袋小路だ。
俺は自分が物的証拠を持っていることに気が付いた。
そうだ、あるじゃないか。
俺が異世界に行ったことを示す明確な証拠が!
ポケットに突っ込んでおいた金の原石を握った。
これを見せれば絢羽も信じてくれるかもしれない。
「な、なあ絢羽」
「ん?」
その前に、一応確認。
「俺がもし死んだら、どうする?」
「はあ!?」
呆れた、いや、怒った様子で俺に近づいてきた。
あ、これやばい。
「私達結婚したばかりだよ。なんでそんなこと言うの?」
「いや、ごめん。例えばだよ、例えば」
「それが結婚初日にする質問!?」
「あ~。全くです。ごめん」
「これから楽しいことがいっぱいあるの。まずは新婚旅行でしょ。家もローンを組んでたっぷり使って買った。こ、子供だって欲しいし。犬と猫も欲しい」
「そうだな。全くその通りだ」
「心配なのは解るよ。でも、それは今することじゃないでしょ?」
「そうだな。絢羽の言う通りだよ」
「反省したなら、んー」
そう言うと絢羽は目を瞑り、顎を少し上げた。
ちょっと照れくさくて頭をかいた後、俺はゆっくりと絢羽に口づけをした。
本日二度目。だけど、式の時よりもちょっと大人のキスだ。
絢羽は目を開けて俺に問いかける。
「それで?」
次はどうするの? と、俺のお嫁さんは暗に告げる。
俺はちょっとはにかむと絢羽の肩を掴んだ。
「きゃあ~ん」
そのままベッドにダイブした。
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