引き止め

 やってきたのは最初に俺が召喚された大広間。俗にいう『謁見の間』とか『王座の間』とか言われる部屋なのだろう。

 そこに大規模な魔法陣が敷かれていた。

 魔法なんてファンタジーな言葉、架空の中でしか存在しない俺の世界だけれど、この広間に流れる奇妙な空気はド素人である俺でも感じ取れた。

 俺は魔法陣の中央に立たされ、陣の外にいるエリーザと向かい合っていた。


「白夜様。此度の件、本当にありがとうございました。貴方様は真にこの国の英雄です」

「ありがとう」


 心からの感謝の意を伝えられ、俺の方もそれを受け止めた。

 なんの後ろめたさを覚えないと言えば嘘になる。だけど、ここでそれを俺の口から言うべきではないと思った。


「次に謝罪を。貴方の承諾も得ずに呼び出した事、真に無礼であったと心よりお詫び申し上げます」

「いいよ、それはもう」


 これ以上は本当に居たたまれない。

 何も言わずにただ帰してくれればそれでいい。

 それがエリーザにも伝わったのか、彼女は寂しそうに眼を閉じた。


「白夜様。先程のゲームのお話、本当に楽しかった。一時でも今の油断ならない状況下で笑えた尊い時間でした」


 俺達以外にも集まっている人達には何のことか当然解らない。不思議そうに首を捻っていた。


「ではこれでさようならです。願わくば最後まであの物語を聞きたかった」

「――っつ」


 なんであんな話をしちゃったんだろう。

 そもそもだ。俺の中のゲームのイメージとこの世界にある常識、価値観を照らし合わせる必要なんてなかったんだ。俺はこれで帰るんだから。

 そうだ、俺は何処かで思っていたんだ。この世界に残る選択肢を。

 だから、あんな話を・・・

 俺が衝動のままに口を開きかけたその時、ある人物から声がかかった。


「のう白夜殿。またこの国が危機になれば、再び召喚に応じてはくれんかの?」

「父上!?」


 そう、それはなんと王様だった。

 俺は突然の申し出に意表を突かれ、不快に思った。


「・・・それは、ズルくないですか?」


 約束通り、『確かにあなたの世界に帰しますよ。でも、ピンチになったらまた来てくださいね』これは余りにも身勝手で卑怯な申し出だ。

 だからこそ、エリーザすらも父親に非難めいた口調で咎めるのだ。

 だが、当の王様はちっとも悪びれる様子はない。


「まあまあ、これは最初の召喚とは違う、れっきとした依頼じゃよ。そういえば、今回の功に対する礼はどうした? 金塊を数本持たせた筈じゃがな?」


 手違いかの? と言う王様に、俺は苦笑して答えた。


「それは辞退しました。これで十分ですよ」


 俺はポケットにしまったゴルフボール程の金の原石を見せた。


「遠慮、というわけではあるまい? 白夜殿の世界でも金は価値があるとの調べだったが?」


 確認の視線を王様はエリーザに送ると、少し慌ててエリーザも頷いた。


「報酬として確かに一度渡されましたよ。そして、価値はあります。いや、あり過ぎます。だから俺みたいな小市民にあんな金の延べ棒を何本も渡されても困るんですよ」


 そんな高価な金をどこで換金しろというんだ。何処の質屋に持って行っても不振に思われる。しかもこの国の紋章付きだ。下手をしたら摑まるまである。

 せめて、海外からの土産で原石を手に入れたくらいの言い訳が通じる程度の大きさにしておかなければならない。


「価値がありすぎて困る、か。なるほど、それは気付かなんだ。困ったの、これでは依頼が成り立たん」


 本気で俺を再召喚しようとしているらしい。

 それもシンプルに金銭で手を打つ腹積もりだ。

 平和な国の日本人の俺からすると、いくら金を積まれようと、命の危険がある依頼報酬が金銭という発想自体がない。


「ううむ、では・・・」

「いや、どれだけお金を積まれても応じるつもりは―」

「魔法道具ではどうかな?」


 言葉に被せてそんなことを言ってきた。

 魔法道具?

 俺の世界にはない報酬。

 いや、あるにはある。

 物語の世界の中での話だけど。


「ひょっとして、願いを三つ、いや一つでもいいから叶えてくれるランプ、とか?」


 それは有名なアラジンと魔法のランプ。

 最近では軽快にウィットの効いたジョークを言う、小粋なあんちくしょうの魔人が頭に浮かんだ。


「なんでも、願いを。そっちの世界にはそれ程力を持つ魔法道具があるのか。そんな強力な道具はないよ。そもそもそんな物があれば卿を呼んどらん」


 まあ、当たり前か。

 あるならシンプルに『世界を魔王から救って下さい』とお願いすればいいはずだし。


「しかし、それ程の道具があるとなるとやはり成り立たんな」

「ああいや、魔法自体俺の世界にはありませんし、その道具もあくまでもお話の中の物ですから」


 手を前に出してひらひらとさせながら俺は王様をフォローする。

 いや、する必要がないのに余計なことをしたぞ俺。


「そうかそうか。それならば見劣りせずに済むか。では何を・・・」

「あ、いや。そもそも依頼として受けるとは一言も」

「回数制限はあるが、何でも好きな食事が出て来る道具などはどうかな?」

「何それ凄い!」


 お、思わず食いついてしまった。

 でもそんな道具があれば、世界三大珍味も上ネタ寿司もA5和牛も三ツ星店の料理も食べ放題。

 おおっといけない、興奮するな俺。

 それだって金があればどうにでもなるんだ、冷静になれ。

 この道具の真の価値は遭難とか災害時にこそ真価を発揮するんだ。いやいや、そんな起こるかも分からない緊急時を想定してどうする!!

 いつの間にか王様のペースにのせられている。

 冷静に、冷静になるんだ!

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