戦友

「はあ、エリーザ。あんまりアーダルベルトを困らせちゃだめだよ?」

「・・・分かりました。白夜様がそう言われるなら」

「ずいぶん、親しくなられましたな?」


 気が付くと俺は普通にエリーザの頭を撫でていた。

 やばい、本当なら俺死刑なんじゃない?

 ひょいっと頭に乗った手を引っ込めるとエリーザは寂しそうに上目遣いで俺を見つめる。

 なんだろう。今度は小動物みたいに見えて来た。

 アーダルベルトは改めて報告する。


「姫様。転移の儀式の準備が整ったとの事です」

「―そう」


 エリーザはコクリと頷く。

 俺は安堵と僅かな興奮を感じた。

 やった、帰れる。

 もしかしたらもう二度と帰れないんじゃないかとさえ思っていたから、嬉しさも一塩だ。

 エリーザはキリっと顔を引き締めると俺を見る。


「お待たせいたしました白夜様。では参りましょう」

「よし!」


 ベッドから降りて支度をしようとすると、エリーザに袖を捕まれた。


「ん?」

「そちらに白夜様が来ておられた衣服が用意してございます」

「ああ」


 デッド横のカゴには俺が来ていたタキシードがあった。

 レンタルなので何処かに綻びなどがないか気になってしまう俺はつくづく小市民だと思う。

 ・・・なんてことだ。

 さっきアンナとかいう女騎士に斬りつけられた時に飛び散った破片で少し切れている。

 や、やばい。どうしよう。


「では、わたくしは先に儀式場に行っていますので。アーダルベルト、白夜様のご案内をお願いしますね」

「は!」


 アーダルベルトに指示を出し、俺に一礼をするとエリーザは退室した。

 俺は寝巻用ローブからタキシードに着替える。

 ホントどうしよう。

 まあ、帰ってから考えよう。


「白夜殿」

「何?」


 残ったアーダルベルトは姿勢を崩す事無く口を開ける。


「残っては貰えませぬか」

「・・・」


 何となく、エリーザがいなくなれば言われるんじゃないかと思っていた。

 腹がズーンと重くなったのを感じながら首を横に振る。


「モンスターの軍は撤退したろ?」

「一時的なものです」

「だけど、そういう約束だったはずだ」

「はい、故に恥を忍んでお願いしております」

「・・・悪いけど」


 少し強めに声を出し、拒絶の意思を強調するとアーダルベルトも口を閉ざした。

 キツイ、な。

 もし、エリーザに今みたいにお願いされたら、俺は今ほどハッキリと断れただろうか・・・


「貴方の居場所はここなんだろうけど、俺の居場所はここじゃない。待ってる人もいるんだ」

「・・・そう、ですな」


 重い沈黙が流れる。

 テキパキと着替えを済ませると、アーダルベルトに案内を促した。

 この気まずい状態のままでいたくないからだ。

 通路に出ると、俺達は黙ったまま黙々と歩を進めた。

 今まで余裕がなかったから観ていなかったけど、流石はファンタジー世界のお城。見事なものだ。

 海外の城を紹介する報道はよく目にするけど、やっぱりリアルは違うな。余裕さえあればゆっくりと見学してみたい。絢羽と一緒に。

 新婚旅行先にはお城はないだろうし、ここを見せてあげたらなんて言うだろうか?

 クスリと笑う。


「なんてな」


 そんなあり得ないことを考えていると、


「そういえば白夜殿。一つ嘘をつかれましたな?」

「え?」


 突然アーダルベルトが話しかけてきた。

 変な話しかけられ方をして俺は虚を突かれる。

 俺が嘘?


「全く荒事の経験がないと仰っていたが、最後のあの親玉への踏み込み、見ておりましたが、あれは武術の経験が無い者の動きではありませんでした」

「・・・」


 ああ、そのこと。

 確かに嘘をついたな。

 体育の授業でしか武道の経験はないと言ったけど、実は違う。

 俺は仕事柄荒事も稀にだがある。

 剣道も柔道も訓練している。

 だけど、あの動きは仕事の延長で学んだものじゃない。

 俺の家の事情が絡んでいる。


「何故嘘を?」


 少し緊張して唇を舐めた。


「そんな大層なものじゃないんだけどね。それでも武の覚えがあると言えば戦いに駆り出されると思ったから」


 それだけが理由じゃない。俺はなるべくあの技を出したくはなかった。

 もう、忘れたかったから。


「道理ですな。では、私ならば方便もいいでしょう。ですが、姫様には、あの方にだけは嘘をつかないでいただきたい」

「・・・解ったよ」


 ふぅ。

 アーダルベルトは再び歩き出し、俺も付いていく。

 やっぱりバレるのか。普段から命がけの戦いをしている人達はやっぱり違うね。

 嘘とも言えないほどの方便だったけど、見破られた後は気まずい。

 コツンコツンと足跡が響くだけの廊下を暫く進むと、再びアーダルベルトが立ち止まった。

 ギクリとした。まだ言い足りない何かがあるんだろうか?


「・・・負い目を感じているのは姫様だけではないのですよ」

「ん?」


 何? どういう事だ?


「貴方の生活、人生を無遠慮に壊して、助太刀を願うことに対してです。決して何も感じないわけではない」

「ああ、そういう」

「貴方は言われた。『これは拉致だ』と。あれは堪えました」

「あ、いやそれは俺も酷かったと思ってるよ」


 彼らにも事情があるのだろうし、俺も冷静じゃなかった。

 心にもないとは言わないけれど、言っていい言葉ではなかったと思っている。


「私はこの国の為、爪牙となって粉骨砕身戦いましょう。ですが、貴方は違う」


 アーダルベルトは苦笑いをしつつ首を振る。


「思うのです。今、突然私がどことも知れぬ世界に召喚され『助けてくれ』と言われたらどう言うだろうか、とね。自分の国を放置し、私に赤の他人に係る余裕などない。貴方同様に激高するでしょうな。それが当然です」


 そうだよな、何も感じないはずがない。

 余程現在の自分に不満が無い限り、あっさりと全てを捨てて異世界に留まるなどしないだろう。

 本来いるべき世界で生活が充実していれば、或いはアーダルベルトの様に絶対に離れられない理由があるならば猶の事。


「正直な所を言えば私は『勇者召喚の儀』を誤解していた。異世界から救世の勇者を呼び出し、世界を救ってくれる英雄の登場。その人物は無条件で我々を救ってくれると疑わなかった。その人物にも自分の人生があるとも考えずに」

「・・・アーダルベルト」

「貴方が叫び、憤り、涙を流して戻せと言った時、初めて自覚しましたよ。ああ、我々が心から欲する平和は、この人の人生を壊して手に入れるものなのだ、と」


 あの場にいた全員がこの人ほど良心的に俺を思ってくれているかは解らない。

 厚顔無恥に自分達さえ助かれば俺の事などどうでもいいと思っている連中もいたかもしれない。

 でも、エリーザやこの人は、そうではなかったんだ。


「アーダルベルト」


 俺は自然に彼に手を伸ばした。


「俺が荒事に関して全くの素人って言うのは嘘でも、命がけの戦争の経験がないのは本当だよ。だから、貴方がいてくれて良かった。こういう関係を戦友っていうんだな。ありがとう。一緒に戦ってくれて」


 アーダルベルトは目を丸くした後に破顔する。


「こちらこそ。背中を預けて戦えたのが貴方であって良かった」


 俺達は強くお互いの手を握り合った。

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