最終防衛ライン

「おい、どうしたんだ!?」


 逃げようとしてたまたま扉の近くにいた俺は、崩れそうになっている兵士を抱きとめた。


「お、お前は誰だ? い、いやそれよりも」


 兵士は見慣れない俺を払いのけ、エリーザの前で跪く。


「モ、モンスター軍が、最終防衛ラインを突破しました!」

「「「「「な!?」」」」」


 誰もが絶望の声を上げた。

 瞬時に意味が理解できなかった。

 最終防衛ライン? 突破?

 それって、そのままの意味、だよな?

 つまり、つまりだ。

 これからモンスターの大群がこの城にやって来るってのか!?

 アーダルベルトが傷ついた兵士に駆け寄る。

 

「落ち着け。砦の兵士達はどうした?」

「報告します。半数以上がやられ、その大半が死亡!! 生存している兵士達も、ほとんどが重体で戦える状態ではありません!!」


 アーダルベルトは冷静に兵士に問いかけ、兵士もしっかりと質問に答えた。

 その後にぐらりと倒れそうになるが、アーダルベルトは俺を押しのけ、肩を掴んで倒れそうな兵士を強引に元に戻す。


「モンスターの数は? ハッキリと報告しろ!」

「お、おい。あんた、この人は傷だらけなんだぞ?」


 今すぐに手当てしないと手遅れになる。

 こんな問答している場合じゃない。早く医者に診せないと。


「黙っていてもらおう! おい、貴様も栄光あるフォルキアの兵士ならば、その責を果たせ!!」


 その圧力に押され、俺は黙り込んだ。

 こいつだって、俺に壁まで吹っ飛ばされて相当なダメージを負っている筈なのに、ものともしない。

 やっぱり俺とは生きている世界が違う。

 これが軍人てやつか。


「わ、我が軍の奮闘により、モンスターの数は千程度まで減らしました。ですが、こちらの残存兵力は王都内に残っている最低限の兵力のみです」

「・・・では、こっちは百程度か」

「うう・・・」


 兵士は限界に達した様で、力なく崩れる。


「御苦労。よくぞ任務をは果たした」


 アーダルベルトは兵士の労を称え、ゆっくると寝かせる。


「誰か、担架を持ってこい。丁寧に彼を運べ」


 アーダルベルトの指示で、他の兵士達はテキパキと動き出した。

 ボロボロの人間が瀕死の重傷で倒れたというのに、実に冷静に対処する。


「あ、手当ならわたくしが」


 傷ついた兵士に近づこうとするエリーザを、アーダルベルトは止めた。


「いえ、姫様。治癒は希少なスキル。有限な力をおいそれとは使えますまい。ご心配召されるな。医務班にも優れたポーションと医者がおりますので」

「・・・解りました。その兵を丁重に運んで下さい」


 到着した担架に担ぎ込まれ、傷ついた兵士はゆっくりと運ばれて行った。

 それを見て改めて思う。住む世界が違うと。


(すげえ、な)


 やっぱりここは異世界だ。

 剣と魔法の世界。

 戦いが当たり前の世界なんだ。


「おい、白夜殿」


 アーダルベルトが俺に声をかけた。

 先程とは違い、威圧感たっぷりの声だ。

 やっぱりエリーザの件が尾を引いてるな。いや、それだけじゃない。完全に戦闘モードにスイッチしてるんだ。


「もう卿に関わっている時間は無くなった。恐らくはこれが最後の戦いとなるだろう。それほどこの国にいるのが嫌ならば、何処へなりとも去るがいい」


 去れと言われても、何処に何があるかもわからないのだが。

 だがこの時は、突然のドタバタで俺もまた開き直り、おかしなスイッチが入っていた。

 今が俺が帰ることが出来る最後のチャンスだ。


「エリーザ姫!」


 もう構っていられない。俺はお姫様を大声で呼んだ。

 彼女は一瞬びくっとしたが、彼女もまた気を引き締めていたのかすぐに真剣な顔をして俺を見つめる。


「なんでしょう白夜様?」

「さっき言ったな? 『欺いて』と、つまりは帰る方法があるってことだな?」


 俺の発言に誰もが軽蔑の視線を送る。

 この状況で一人助かろうとしている俺をさぞかし侮蔑しているのだろう。


「・・・出来ます。ですが、それには長い準備と儀式が必要です。今の状況では・・・」」


 よし、それならやりようはある。


「解った。じゃあ取引だ。俺もそのモンスター共と戦う!」


 ざわ。


 誰もが俺の発言に驚く。

 腰抜けだと思っていた俺の心変わりに驚いたのだろう。だが、勿論無償じゃない。俺だってそこまでお人好しじゃないんだ。


「ただし、この防衛線が終わったら俺を帰してくれ。それが条件だ!」


 再び、俺に向けられる期待と希望の視線が急降下する。

 俺だってキツイよ。こんな時に、打算的な取引をするのは。

 だけどな、それ以上に俺は帰りたいんだよ。


「そ、それは・・・」

「早く決めろ! その為に俺を召喚したんだろう。このままじゃあんたらの国も国民も蹂躙されるぞ!」

「っつ」


 判断が難しい状況で時間のリミットを儲けて決断を迫る。詐欺でもよく使われる手口だが、なんとしてもここで言質を取りたい。

 この娘は嘘をつかない。

 短い時間しか会話をしてないけど、それは絶対と言っていい程に、俺はこの娘の人柄を信用していた。

 さっき流した涙は俺の心を打つに十分だった。

 そんな娘を詐欺まがいの交渉をしなければならない自分に反吐が出る。

 その上、俺が帰るには戦うしか選択肢がないんだ。

 ここでこの城が落ちれば結局俺は帰れないんだから。

 頼む、早く決めてくれ。

 胃がねじ切れそうだ!


「分かりました、白夜様、どうか今押し寄せてくる脅威から、この国を救って下さい!」

「・・・取引成立、だな」


 胸糞悪い取引だったが先ずは一息つく。

 こうなった以上、俺も腹を決めた。

 どんな強力なスキルを得ようとも、死ぬ可能性はどうしたってあるんだ。

 そして、モンスターとはいえ、殺す覚悟もしなくてはならない。

 もしかするとこっちの方がきついかもしれないけど、取引をした以上は俺もエリーザに応えなくちゃ。


「アーダルベルトさん。俺は本当に素人だ。俺はどう動けばいい?」


 開き直った俺の動きと言動に、少し感心した様子でアーダルベルトを素早く答えた。


「白夜殿の先ほどの力を見る限り、死亡どころか、傷を負うことすらまずありますまい。戦闘の心得のない卿には申し訳ないが、前線に立っていただく」

「・・・前線」


 この人達、俺を生贄にするつもりか? だけど、今の俺の力を考えれば最も合理的とも言える。

 従うしかないか。


「解った、それでいい。本当に時間がないけど、最低限の戦い方を教えてくれ」

「解りました。ではまずは」

「うん」

「着替えをしませんとな」

「あ・・・」


 そういえばまだタキシードだった。

 しかも、レンタル。

 傷をつけたらやばい奴だ。

 あ、さっきアンナの剣の破片が飛び散って、所々に傷が出来ている。

 もう既に遅かった。なんてことだ。

 お、落ち着け俺、まずはこの難局を乗り切ることを考えろ。

 まさか、丸腰じゃないよな?

 やっぱり剣かな。だったら刀の方がいいんだけど、ないだろうな中世ヨーロッパっぽい世界だし。

 俺も鎧を装備するんだろうか。

 軽い奴がいいかな、リアルに鎧を着るとなると防御力よりも着やすさだろう。

 いや、俺の場合、力が上がってるから問題なく着れるのだろうか?

 そうはいっても、動きやすさからやっぱり皮の鎧とかが無難かもしれない。

 まあ、その辺は任せようと思った。


「策は思いついております。時に白夜殿」

「何?」


「球遊びをした経験はございますかな?」

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