抱擁
「・・・・・・・・・・・・はは」
・・・嘘だろう?
現実感がわかない。
異世界に呼ばれたってだけでも現実感がなかったんだけど。
希望が砕かれた。
足元がボロボロと崩れて、俺自身が深い闇に飲まれていく。そんな感覚。
ああ、確かにそう言う設定の異世界もの、多いよな。
じゃあ、俺はずっとこっちの世界に残るしかないのか?
突然、なんの了解もなく呼び出され、2度と帰してもらえない。
そんなの、
「そんなの単なる拉致じゃないか!!」
びくりとエリーザは身体を震わせ、周りからは更に敵意が増した。構うものか。
そもそもこいつらには俺に対して悪感情を抱くことさえ許されないんだ。
「冗談じゃない! 冗談じゃないぞ!! 俺はこれから結婚式があるんだ。絢羽と一緒に暮らして、子供が出来て、幸せな家庭を築くんだ! 帰せよ! 俺を、元の世界に帰せよぉーーーーーー!!」
慟哭した。
気が付くと、俺は泣いていた。
喉を引くつかせ、温かい涙が頬を伝った。
「う、ぐ、うぅ」
ぽたぽたと涙が落ちる。
こんな大勢の人前で泣くなんて初めてだ。
だけど、こんなもんじゃ俺の悲しみはこいつらには全然伝わらないんだろう。
誰だって自分が可愛い。
赤の他人を巻きこんでも、自分達が助かるためなら手段は選ばない。
そんなもんなんだ。俺だってきっとそうなんだ。人間なんて、エゴの塊だ。
すると、エリーザはブンブンと頭を振り、髪をかき乱しながら俯いた。
顔を上げるとエリーザも目元を赤くし、小さな両の拳を握った。
「白夜様! 本当は」
「ひ、姫様!」
いい服を着た男はギョッとした感じで悲鳴を上げる。
何かを言おうと、エリーザの元へ小走りするが、それより早くエリーザは口を開く。
「ごめんなさい。ごめんなさいヨハネス。でも、わたくしはやっぱり出来ない! 一方的に助けを求めておいて、その方を欺いて幸せを摘み取ろうなんて、わたくしには無理です!」
「お、おい。どうしたんだ?」
突然のエリーザの豹変ぶりに俺は混乱した。
理由は解らないけど、この娘は俺の叫びに同情しただけじゃない何かで心が引き裂かれようとしている。
こんな時、こんな時どうすればいい?
なんとか、してやりたかった。
俺が泣かせたのに、今度は目の前の女の子の涙をなんとか止めてあげたいと本気で思っている。
俺ってなんて勝手なんだろう。
自分でもよくわからないままに俺はエリーザを優しく(多分優しく)抱きしめた。
「ふぁ?」
「落ち着いてくれ。すまない、俺も混乱してた。君がお姫様って立場から国を思う気持ちも、優しい君が俺に本気で罪悪感を感じているのも解った。だから泣き止んでくれ。頼むよ」
喧嘩して絢羽が泣いてしまった時、よくこうやって抱きしめたっけ。
背中をポンポンと優しく叩いて、抱きしめ、て。
お? この娘。背中の方は生地がないドレス着てるんだな。
これってちょっと役得か?
なんてな、はっはっは・・・
(・・・・・・・・・あれ?)
俺、今飛んでもないことしてないか?
バッと抱きしめていた腕を伸ばして、自分はエリーザを引き離す。
抱きしめられた当人であるエリーザを見れば、顔を真っ赤にして涙を溜めながら、口をパクパクさせて俺を見ている。
(やややややっやっべーーーーー!!!!)
一国のお姫様をどこの馬の骨とも分からん男が、公衆の面前で抱きしめてしまった。
この後に展開は容易に想像できる。
終わった。
俺の人生終わった。
「こ、この無礼者を取り押さえろ!!」
ですよね! 知ってました!!
やっぱりヨハネスとかいう男は偉い人っぽい。
あいつの一言で俺の周りに兵士達が群がり、中には剣を抜いちゃってる人もいる。
おい、王様の前で剣を抜くのはご法度じゃないのか?
殿中だぞ殿中。
ああ、これ江戸城での話か。
なんて言ってる場合じゃない。混乱するな、こいつはマジでヤバイ。
絢羽の時の癖でつい自然にやってしまった。。
いや、自然にやるなよ。どんな経験豊富なタラシだよ。俺そんなに経験ないよ。いや、冷静になれ俺。頭がパニくって一人ツッコミ入れてる場合じゃない。
「くそ!」
もう逃げるしかない。
幸い、俺の身体能力は完全に人間辞めてるレベルで強化されてる。
走ればきっと振り切れる。
こうなったらその後のことはその時に考えるしかない。
さっきアンナが出てきた大扉目掛けて俺はダッシュした。
その時だ。
大扉がバンと勢いよく開いた。
「緊急! 火急の報告があります」
一人の兵士が息も絶え絶え飛び込んで来た。
「なんだ! こちらも今重大な問題がー」
大声で咎めるヨハネスだったが、途中で口を閉じた。
この兵士が鎧もボロボロで、至る所から血を流していたからだ。
多分だけど、今すぐ手当てしないとこの人は死ぬ。
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