第一幕 蓮華姫婚姻譚/こんがり童子と龍の姫君 その10
「ああ任せろ。約束は守るぜ。さーて、そういうことだ、大牙、お里。オレさまはリョウゼンの野郎を仕留めに行ってくるが、お前らはどうする?」
「……あはは。そりゃ一緒に行くよ?僕は、天歌の数少ない友達だからねえ」
「まあ、霊力の高い娘やしな。天ちゃんとのあいだに子供ぎょーさん作らせたら激強軍団誕生か……?よーし、未来に投資するつもりで、うちも行ったるでー!」
「ほんと、命知らずな連中ばかりで、オレさまは楽しいぜ?」
天歌はにやりと笑うと指笛を吹く。ぴいいいい、と天高く響いたその音に導かれるように、街道のはるか彼方から一頭の巨大な馬が走ってくる。
蓮華はギョッとしてしまう。霊力のある彼女にはそれが普通の馬ではないことがすぐに分かったからだ。青白い霊気をまとったその白い馬……古めかしい飾り鎧を身につけた軍馬が少女の前で立ち止まる。
『―――姫君よ、そう怖がらずともいい』
「う、馬がしゃべった?」
『私の名は『深谷王白夜』……ここよりはるか北の山奥に生を受けて三百有余年。百の戦場を駆け抜けることで霊威を獲た、黄泉の軍馬である。つまり、ただの馬だ』
「た、ただの馬とは思えないけれど……よろしく、深谷王」
「自分だけで深谷王に乗れるか?」
「ふふ。バカにするなよ天歌殿。こう見えてもおてんばだ!」
少女は着物の裾をたくり白い足を出す。少女は小柄な体特有の身軽さで深谷王という巨馬の背にピョンと飛び乗った。
蓮華はどうだと自慢げに笑う。深谷王は『お見事』という言葉で蓮華を歓迎した。
「よーし、馬には慣れているみたいだな。ほら、こいつを使え」
「え?弓……」
天歌は馬上の姫に弓矢の一式を手渡した。
「テメーは弓を使えるんだろ?そいつは、小型で馬上でも使いやすい。使えるな?」
「え?う、うん……弓には自信あるよ?……でも、なんで分かるの?」
「意外かもしれんが性欲だけで生きているわけじゃねえんだぞ、男って生き物もな。テメーの身のこなしを見ていれば分かるんだよ、弓術で鍛えられた体ってことぐらいな」
「……な、なんか、すごいかも。ねえ、男の人ってそうなの?」
近くにいた男として視線を向けられた大牙は、大きく首を横に振る。
「ちがうよ。天歌が特殊なだけだから」
そりゃそうか。と納得している蓮華の目の前に天歌が乗ってくる。
深谷王ほどの巨馬になれば天歌と小柄な蓮華が二人乗りしても問題はない……ただ、少女は照れた。自分の『男』となった少年の背中は、思っていたよりもずっと大きくてたくましいことを知る。
「―――テキトーにつかまっていろよ、蓮華」
「う、うん。テキトーにつかまっておくよ……そなたの背中に」
「家族のために覚えた弓なのか?」
「え?……うん。世の中、ムチャクチャだから。ちょっとでも守るための力が欲しくて」
「そうか。オレたちも戦うが、テメーもその弓で戦ってみせろ」
「もちろんだ!」
「いい返事だぜ、それでこそオレさまの女だよ。深谷王、戦火の臭いを嗅げるな?」
『ええ。もちろん。今宵はただ一つだけですが』
「じゃあ、そこに向かってくれればいい」
『了解です……では、いざ戦場へ!』
―――深谷王が走りはじめる。それは蓮華の知る馬とは明らかに異なる走りだ。
風のようにとは、まさにこのことだろう。力強く地を蹴る蹄の音を響かせながら、青白い霊気をまとった軍馬は恐ろしいまでのスピードで戦場へと向かって走る。
少女は少し怖くなり、少年の胴体に腕を回す。
これから戦場に行く……家族のことが心配だ。深谷王はおそらく他のどの馬よりも速く地上を駆け抜けてくれるはずだが、間に合うのだろうか―――。
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