第一幕 蓮華姫婚姻譚/こんがり童子と龍の姫君 その8
「それがなー、どうもおかしいんや。天ちゃん喜ばせてやろうと思ってな、武器庫にも入ったんやけど、ほとんど空。値打ちがありそうなものはぜんぜん無かったな」
「……武器庫が、空?……おい、バカども。浮かれている場合じゃねえだろ」
「え?…………あ。そ、そうか。確かにそうだね。武器庫が空でリョウゼンもいないってことは、ヤツがまたどこかの村に兵隊と一緒に出かけたってことか」
大牙がその言葉を吐いた瞬間、蓮華の背中に悪寒が走った。彼女の紅い瞳が地面に転がるあの男の生首をにらみつける。
かつてその頭が胴体とくっついていたころ、男は確かにこう言った。『戦に参加できなくて、つまんねーんだ』。その後、『口をすべらせるところだった』とも言った―――。
少女のなかで不幸なパズルが組み上げられていく。豚ガエルが狙う村はどこだろう?
戦を仕掛けるのならば『人質』を使うのが卑劣な豚ガエルのやり方だ。では、『人質』とは?……考えるまでもない。
「……は、計られた!政略結婚じゃない。私を『人質』にして私の里を攻めるつもりだったんだ!最初から、私を利用して、私たちの里を滅ぼすつもりだったんだ!」
「……なるほど。外交する風に見せておきながら、本丸は奇襲攻撃っちゅうわけか。一族皆殺しか、蓮華ちゃんだけでも生き残るのか……どっちがええかって持ちかければ、徹底抗戦はやらずに投降しよるかもしれんな。少なくとも、そうすれば血筋は残る」
「私はあんなヤツの子供なんて産まない!ああ!……父さま、母さま、姉さま……っ」
「うーん……さて。とんでもないことになってきたね。天歌、これからどうするの?」
「……そうだな」
「た、たのむ!天歌殿!」
少年の足に少女が抱きついてくる。少女は涙で濡れた瞳で少年のことを見つめてきた。見つめるどころか、睨みつけるような勢いだ。それだけ必死なのだろう。
「……蓮華、オレさまに何を頼むってんだよ?」
「……おねがいだ。私の里を守るために、リョウゼンと戦って欲しい」
「……戦うのは構わないが。テメーの里を守れるかどうかは正直わからねえぞ。ここに来るあいだ、オレらはヤツの軍とすれ違わなかった。そいつは、ヤツがここを出発して時間が経ち過ぎているってことだぜ。小さな里なら、攻め滅ぼすのに時間は要らねえ」
「わ、わかっている!それでも……それでも、戦って欲しい!」
「あのなあ、蓮華ちゃん。天ちゃんは戦闘狂やけど、さすがに軍隊一つと戦うにはうちらも付き合わなきゃムリや。うちらは見ての通りの少人数。『守る戦い』は……かーなり苦手なんやで?」
「それに、敵が君の家族を人質にしている可能性もあるよ。そうなったとき、君は僕たちにリョウゼンと戦えと言うことが出来るのかな?」
「そ、それは……っ」
「これって厳しい言い方やけど、うちらにはメリットがない。天ちゃんは戦うのが好きやからアレやけど。うちと大牙はそれほど戦闘狂ってわけでもないんや。命張るのに見合うほどの『見返り』が、無いやろ?」
「……う」
「冷たいことを言うようやけどな、たぶん……一番幸せな道は、逃げることやで?」
「―――に、にげる?……父さまや、母さまや、姉さまを見捨てて……逃げる……?」
そんなことを認められるわけがない。少女は水色の髪を振り乱すほどに首を振った。
「いやだよ!そ、そんなこと、絶対にやだ!」
「それはそうかもしれんけどなぁ……せめて銭になれば、やる気も起きるんやけどー」
「お、お金……っ」
金などあるわけがない。金になりそうな嫁入り道具は先んじて運ばれているし、私はほとんど身一つで運ばれて―――『身』、一つ……。
少女の心が可能性を見つけた。それはあまり分があるとも思えない考えだ。
だが、今はそれに賭けるほかない。父さま、母さま……このようなはしたない取り引きをする娘のことをお許し下さい……っ。
「……て、天歌殿っ」
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