第一幕 蓮華姫婚姻譚/こんがり童子と龍の姫君 その5
その人殺しは少年だ。返り血を浴びた顔だが、まだ子供らしさを失っていない愛らしい顔だということが見て取れる。
ただし、満月のようにかがやくその黄金色の瞳は、鋭くて、まるでケモノのようだ。その服装も実にワイルドである。
壊れた鎧を改造したものか、肩や手足に部分的な甲を仕込んだ着物を身にまとう。サムライ……ではない、山賊だろうか?
「賊がああああ!」
男が少年目掛けて走る。少年は大上段から振り下ろされてくる斬撃を避けなかった。
避けるまでもなかったからだ。少年は振り下ろされてきた刀を両手で挟んで受け止めた。
「ば、バカなァ……わ、ワシの剣を白刃取りだとぉお!?」
「……天と地ほどの技量の差があれば、こんなことぐらい朝飯前だわなァ」
少年がニヤリと笑った瞬間、兵士の股間を彼の前蹴りが直撃していた。
悶絶しながら倒れる兵士から白刃取りで取った刀を手に奪うと、少年はそれを一振りしてまた一人斬り殺していた。少年の恐ろしいまでの実力を見て、兵士たちは怯えきる。
「う、嘘だろ。白刃取りなんて簡単にできるはずねえよお……ッ」
「な、なあ。あ、あいつ、もしかして『天狗』とかいうヤツじゃねえのか?……各地で暴れ回っている、さ、山賊の『天狗』だァ……っ」
「テングじゃねえよ。テ・ン・カ!……天歌さまだって、何度言ったら分かるんだ!」
少年は残りの兵士たちに斬りかかっていく。彼はこの男どもでは戦いを楽しめないと判断したのだ。
目新しい技も見れなかったし、陰陽師もいないようだ。ゴミはさっさと片付けちまおう。逃げ惑う兵士たちを次々に切り捨てた後で、少年は、ふう、とため息を吐く。
「……つまんねーな。まあ、金平糖以下の価値しかねえ命じゃ、こんなもんかね」
天歌は牛車に近づくと、刀を一降りして怯えていた牛を仕留める。今夜はコイツの肉を楽しむつもりだ。
焼いた牛はおいしいからなぁ……ああ、そういえば忘れるところだったな。天歌は牛車の戸をつかむと、力ずくでそれを引っぺがす。
「うひゃあ!」
全力で戸を押さえつけていた蓮華は、思わず悲鳴をあげてしまった。あまりにも力の差に開きがあることがその瞬間に理解できた。
それはそうだろう、大人の男たち7人を瞬く間に殺すような怪物だ。可愛らしい顔をしているが、その体躯が鍛え上げられていることは少女にも分かる。こ、このまま酷いことをされるのだろうか!?
「わ、私を、こ、殺しちゃう気か!?」
「はあ?殺さねえよ?」
「じゃ、じゃあ、え、えっちなことをする気だな!?」
「しねえよ。ガキだろ、お前?」
「が、ガキってなんだー!わ、私には蓮華という立派な名前があるんだ!それに……あんただって、まだ子供でしょ!?」
「こないだ16になりましたー。すっかり大人でーす」
「大人はそんなセリフ言わないもん!」
「ぬう。そうかもしれんが……まあ、別にいいや。お前……いや、蓮華だったな。いいか、蓮華、テメーは自由の身だ。そこから出してやるよ」
少年の手が少女の腕をつかみ、牛車の中から引きずり出していた。少女は状況が飲み込めず、目をパチクリさせている。少年は手持ちぶさたなのか猫毛気味の黒髪を掻く。
「……なんで?私のこと……たすけて、くれるの?」
「ああ。そういうことになるな」
「どうして?」
「頼まれたんだよ」
「頼まれたって?……そんなの、一体、誰に?」
「テメー、こんがり童子に金平糖を恵んでやったみたいだな」
「え?」
「あれはオレの育った寺にいたガキどもでな。みじめな捨て子どもの死霊が集まったヤツなんだよ。魔道堕ちした大牙の偽お経じゃ成仏させられやしねえから……ヤツの願いを聞いてやることで、供養にしてやろうと考えていたのさ」
「あの子の『願い』?……そうか、私をここから助け出そうとしてくれたのか」
「そういうわけだ。お前はもう自由だ」
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