第一幕 蓮華姫婚姻譚/こんがり童子と龍の姫君 その3

 ―――なかないで。


「……え?」


 少女はその『声』に気がついた。それは耳で聞いた音ではなく、心のなかに直接的に伝わってきた『声』だ。


 龍神の霊力を持つ者のみに届く、不思議な言葉だ。うつむいていた顔をあげ、少女は牛車の窓から外を見る。小雨の降る中、ひとりのアヤカシがそこにいた。


 額には青く燃えるちいさな炎。そして、全身は黒くて目も口も鼻もない。


 その子供のように小柄なアヤカシの名は、この東の地では有名だった。


「……『こんがり童子』じゃないか。どうした、こんな雨の中に……もしかして、体を冷ましに出てきたのか?」


 こんがり童子はコクリと頭を垂れた。少女は、そうか、と言った。


「私にとっては涙雨だが、お前にとってはその身を癒やしてくれる恵みなのか……良かったな。そして……ありがとう、慰めようとしてくれて」


 こんがり童子は腕を広げて雨をその身に受け止める。表情が無いから笑っているかまでは蓮華には分からない。


 でも、なんだか嬉しそうにピョンピョンと跳びはねている様子を見ると、少女は微笑むことが出来た。


「―――このバケモンがあああ!!」


 怒鳴り声と共にはなたれた蹴りがこんがり童子を吹っ飛ばす。こんがり童子が水たまりのなかに倒れ込む。


 豚ガエルの部下どもだ。連中がこんがり童子に気がついた。男たちは地面に倒れたこんがり童子の体を踏みつけ、蹴りつける。


「や、やめろ!な、なんてことをするんだ!その子は、こんがり童子!戦で焼け死んだ子供たちの霊だぞ!未来永劫、体を焼く痛みに苦しみ続けるしかないのに、私のことを哀れんでくれた!……とても優しくて、とてもかわいそうなヤツなんだ!」


 男たちは少女の叫びに一瞬だけこんがり童子を痛めつける足を止めるが、それも一瞬だけのこと。すぐにこんがり童子へのリンチを再開する。


「や、やめろ!このバカども!」


「は!東の地のガキどもなんざ、死んだ後も苦しめばいいんだ!」


「な、なんだと!?」


「テメーらがミカドに逆らって反乱を企むから戦になったんだよ!反逆者のガキどもなんざ、永遠に苦しんで当然だろうが!いいざまだ!ミカドもお喜びになるぜ!」


「……ゲスどもがッ!」


「嬢ちゃんよう。立場が違えば、きっと嬢ちゃんもこうするはずだぞ?」


「ふざけるな!」


「ショーグンがミカドを倒していたら?西の都はオレらのガキで出来たこんがり童子であふれていたに違いない。そしたら?……テメーらは、オレらのガキを嬲って楽しむんだ。想像するだけで虫酸が走るぜ……ッ!」


「ま、待て!」


 少女の制止を聞かず、男はこんがり童子を刀で突き刺した。


 こんがり童子が苦しそうにもがいた。だが、口がないから声は出ない。苦しんだところでそもそも死霊、死ぬことは出来ないのだ。男たちは楽しそうに笑い続ける。


「もう止めてくれ……その子を逃がしてやってくれ」


「バカ言え。戦に参加できなくて、つまんねえんだ。こんな遊びぐらいなくちゃ……」


「……戦?」


「……おっと、口がすべるところだったぜ。あんたにゃ関係ねえよ、お姫さま」


「……私を運ぶ任務がつまらないのなら、さっさと終わらせればいい。今すぐ出発しろ!後で豚ガエルに―――リョウゼンさまに言いつけるぞ?……お前たちがサボっていたとな。豚ガエルは貪欲だ!お前らに払う給料惜しさに、お前らを処刑するかもな?」


「……このガキ……クソ、野郎ども!出発するぞ。さっさとこの下らねえ仕事を終わらせるとしようや…………なあ、お姫さま。リョウゼンさまはド変態だ。テメーは、今夜からずっと家畜みてえにみじめな目に遭わされるんだよ、リョウゼンさまが飽きるまでな」


「……フン。どうとでもするがいい。とっくに人生などあきらめておるわ」


「いい心がけだぜ。マジでヒデー目に遭っちまえよ」


 捨て台詞……というわけでもないだろう。豚ガエルはきっと自分のことを酷い目に遭わせるに違いないのだから。


 牛車が再び動き始めた。少女にとっての地獄へと向かって車輪が回り始める。


 少女は窓からこんがり童子を見た。血まみれで苦しそうだが、死ぬことはないだろう。


 なにせ、もう死ねないのだから……蓮華は涙をこぼしながら、金平糖が入った袋を窓から投げた。


「……すまない。私のせいで苦しめてしまって……ごめん。そして……ありがとう、私のことを哀れんでくれて…………せめて、お前がいつか成仏できることを祈っててやるからな……ずっと、祈っててやるから…………ごめん……ごめんな、こんがり童子……っ」

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