第一幕 蓮華姫婚姻譚/こんがり童子と龍の姫君 その2
冗談でなく死んだ方がマシだと少女は考えている。しかし、それを選べば一族に迷惑がかかるだろう。いや迷惑どころか、一族ごと滅ぼされるかもしれない。
猛将ラカンがミカドを裏切り、西の勢力にも大きな混乱が生じた。
キツネや貴族たちの少なくない数がラカンになびいたという。
ミカドは野心に見合うほどの器を持ってはいなかったのだ。ショーグンを滅ぼして手に入れた王の座から、すでに転がり落ち始めている。
だからこそ、ミカドは凶暴になった。暴力に頼れば統治は叶うものだ。
ミカドはいつ自分に反乱を企てるか分からない東の地に対して、手駒である陰陽師どもを新たな代官として派遣して、その監視を強めている―――。
代官たちは東の地の支配を強めるため、反抗的な勢力に対しては村ごと焼き払うなど容赦がない。
この政略結婚は、凶暴な代官の手から蓮華の一族を守るための『保険』なのだ。もし、蓮華が自殺すれば、彼女の一族は代官に滅ぼされるかもしれない。
だから、蓮華は己のプライドに従って死を選ぶことも出来ず、この牛車の中に閉じ込められている。
あの豚ガエルへの供物として、豚ガエルが選んだ服を身につけて、それどころか、数日前から体を洗う石けんの種類さえ指示されている。あの男が好む香りをつけさせるためだ。
豚ガエルのオモチャにされているのだ。邪悪な欲望を満たすためだけの奴隷にされようとしていることぐらい、少女にだって察する知恵はある。
蓮華はくやしくてたまらない。
それでも両親や姉のすまなさそうな顔を思い出すと、蓮華はこの過酷な運命に渋々と従うほかなかった。
「……姉さま」
少女は姉が持たせてくれた小さな袋を開く。金平糖。カラフルな色合いの甘い星々がそこにはあった。
幼い頃から好きな菓子で、もちろん今でも好きだった。少女の白くて細い指がそれを一つつかみ、ちいさな口に運ぶ。
甘い。甘いモノは不思議な力をもっている。どんなに不幸な時でさえ、ちょっとだけ幸せな気持ちにさせてくれるのだから―――。
……雨が降りだしたおかげで、この悲惨な旅は小休止している。
牛車をあやつる豚ガエルの部下たちは、ここから少し離れた木の下で休憩中だった。
「……このまま、旅が終わらなきゃいいのに……そしたら、豚ガエルに嫁がなくてすむ」
不幸な蓮華はそうつぶやきながら、口のなかにある金平糖をカリッと噛んだ。
甘くて幸せな感触を舌に覚えるが、それでも笑顔にはなれない。
蓮華を護送する豚ガエルの部下たちは、蓮華を怯えさせるような言葉をずっと聞かせていたからだ。
―――リョウゼンさまはお嬢ちゃんみたいな幼い子が大好物なんだ。たっぷりと可愛がってもえるぞ。すぐに『跡継ぎ』を作れるさ。
……吐き気を催さざるをえない言葉だ。蓮華は服の上から自分の腹に触れた。
あの豚ガエルの子供を自分が身ごもる?……身震いするほど恐ろしい話だ。そんなこと絶対にイヤだ、死んでもイヤだ……だが、そうなるしかなさそうだという現実も理解している。
だからこそ、金平糖でさえも、自分の瞳からあふれる涙を止めることが出来なかった。
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