第一幕 蓮華姫婚姻譚/こんがり童子と龍の姫君 その1
―――雨が降っていた。小粒だが、とても冷たい雨が。少女は牛車の窓から曇り空を見上げた。灰色の雲が世界を覆っている。
忌々しい。ただでさえこんな小さな車のなかに押し込められてその窮屈さに気が狂いそうだというのに、こんな天気ではますます気が落ち込んでしまう。
天候までも私のことを裏切るのか?……それとも、私の心を反映しての『涙雨』なのだろうか……?
少女はとても美しい着物を身につけていた。西の都から取り寄せられたというなめらかな絹で織られたその異国風の着物。
14の少女だ、着飾ることは何よりも楽しいことで、事情が違えばこの衣装だって喜んで身につけたことだろう。
だが、この深刻な現実を前にすれば、少女は笑み一つ浮かべることも出来ない。
彼女はお嫁に行く。
この旅は西の都から東の地に派遣されてきた、新たな代官のもとへ嫁ぐためのものだ。
―――少女は唇を噛む。こんな屈辱、あんまりだ。
『政略結婚』、そのよくある一言でこの婚姻を片付けることも出来るが、当事者からすればなんと生々しく残酷なことか。
『蓮華』は父親よりも年上である50才の男に嫁がされるのだ。
西の都の貴族で陰陽師の家系らしいが、その中年の風貌からは高貴さを感じることはない。だらしなく肥え太ったその体はまるで豚のようだ。
その大きな顔と下品なほどに大きい口はガマガエルのようでもある……そして、なによりも少女に嫌悪を抱かせたのは、あの好色そうな目だ。
自分の体をじっと見つめるあの視線……胸や足をまさに舐めるようにジロジロと見つめてくることが気持ち悪くて仕方がなかった。
男を知らない少女にも、あの陰陽師が自分を品定めしていることが分かった。
それは、とてもおぞましいことだと彼女は思う。だが、その先に待ち構えている具体的な悲劇までは想像が追いつかない。
まあ、近いうち、あのガマガエルはその邪な欲望を満たすだろう。
今夜には、あの男の屋敷に牛車はたどり着いてしまうのだから。
「……サイアクだ」
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