序章 その14

 サムライたちもこのチャンスを逃すつもりはない。彼らは弓を使う。


 崩れかけた屋根に登った四人のサムライが一斉に矢を撃ち放った。全ての矢が命中したが、巨人の肉体に刺さったのはその内の二本だ。


 矢が放たれた瞬間、巨人は自らその飛翔物に体をあえて近寄せることで間合いをつぶした。


 間合いをつぶされた矢は揺れが収まらないまま標的に当たり、その揺れのせいで威力が半減してしまうのだ―――やはり、この大鬼には知性があるんだ。


 というか人間の武術を知っているらしいね。そんな冷静な分析をしていた大牙に、天歌が命令した。


「大牙ァ、その右腕でオレを打ち上げやがれ!」


「え、こ、こう?」


 走り込んでいた―――というかほとんど跳び蹴りみたいな勢いで飛んできた天歌を、大牙の右腕がつかんで投げた。


 さすがは幼少からの付き合いか、その連携は見事に成功し、空へと舞い上がった天歌は、胸を貫いた矢のダメージにうめく巨人の頭部へと迫る。少年の手に握られていたのは一降りの大太刀。


「その首、もらったああああああああああああああああッッ!!」


 銀の閃きが夜空を切り裂き。分厚い鋼の刃が地獄の巨人の首に命中する!


 巨人が悲鳴と血を吹き上げるが、一刀両断というわけにはいかず、大木にはまり込んだ斧のように天歌の刀は切断途中で止まってしまう。


 少年が忌々しげに奥歯を噛んだ。彼の足の指が巨人の肩をおおっている骨製の鎧を力強く握った。


 少年が咆吼する。地獄のケモノよりも大きく、力強いその雄叫び。


 それとともに彼は巨人の肩を蹴り出しながら大太刀を振り抜いていた。巨人の太い首がそのとき断ち切られ、夜空に、ぶおん、という大きな音を立てながら飛んでいく―――。




 ―――長い戦いの夜が明ける頃。荒れ寺に生き残っていたのはほんのわずかな人数だった。地獄の巨人を倒したあとも、ゾンビどもの襲撃が繰り返しあった。


 ほぼ崩壊した塀は守りの壁としてはもう頼りにはならず、戦士たちはあらゆる方向から来る敵の群れと戦わなければならなかった。


 死者続発の悪夢のようなサバイバルは一晩続いたというわけだ。むろん、サバイバルにおいて、『強者』は生き残ることもある―――。


「……あ、朝日がこんなに待ち遠しいなんて……っ」


 陽光に清められゾンビたちは浄化されたらしい。動く死体からは呪力は消えて、ただの息絶えた亡骸へと戻っていく。


 大牙は日のある内に片っ端から死体を焼いておこうと考えていた。そんな赤毛の男のとなりに、銀髪の『幼女』がうずくまっている。


「体力も妖力も限界やー……自分で自分をほめてやりたいわい、ホンマ……しかし、赤毛の兄さん。お前んとこの相棒、どないな神経しとんのや?」


 お里は無数の死体のど真ん中で、すこやかな寝息を立てる少年をちいさな指で差しながら、ありえん、とつぶやいた。


 大牙もお里の意見に共感を覚えてしまう。ゾンビどもを足で蹴飛ばして作りあげたスペースに寝転ぶと、なんと天歌はそのまま眠りについてしまったのだ。


「……僕にはマネできないなあ。死体とはいえ、『敵』のど真ん中で眠るなんてね」


「……アレは鬼神かなんかの血でも引いとるんか?……いくらなんでも強すぎるやろ」


「さあ?僕は人間だと思っていたけど……ちょっと自信もてないかな?天歌は捨て子だったみたいだから、両親のことなんて何も分からないしね」


「そーか。アレも哀れなガキなんか。まあ……人間の世はややこしいことが多いもんや」


「……これから世の中どうなるんだろーね?」


「ミカドが王に戻るんやろ。そのための戦やったんや。でも、貴族どもにサムライに……あと、キツネもおる。どうせ、覇権巡って、すぐ戦になるのがオチやろ」


「人の世がこんな地獄になっても、まだ戦はつづくのか……でも。僕たちの寺はとっくの昔に焼け落ちて、住職たちも死んでしまった。ショーグンさまも、もういない」


 ……僕たちは、どうなるんだろう?大牙は手に入れたばかりの右腕と右足に触れながら、未来を憂う。


 彼とてまだ17才の若者だ。乱世を指導者なしで生き抜く自信も知恵も、十分にあるとはとても言えなかった。


「……フン。お前もアイツも行き先すら分からん迷い子か」


「うん。そーだね、そういう、フワフワしたものだよ」


「そ、それなら。しばらく、このお姉さんも、お前たちと行動を共にしてやるわい!」


「……タヌキさんも未来が見えない?」


「う、うちには壮大な計画があるんや。そ、そのための、一環やで!」


 ……タヌキの計画。それもなんだか人間の世にとっては危険要素なのかも。大牙は頭の片隅でそんなことを考えながらも、コクリ、とうなずいていた。


 仲間は一人でも多いほうがいい。この世は地獄と成り果てた。


 それでも、死にたくはないと魔道の術を使い新たな手足を獲た。この乱世を生き抜くためには『力』が要る。いいじゃないか、生きるためにアヤカシと手を組んだって?……死ぬよりはよっぽどマシだ。


 ―――これは、『千獄』と呼ばれた苛烈な時代を生き抜く若者たちの物語。


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