序章 その13
「……な、なんや、あの赤毛の坊主……お前、どこのアヤカシや?」
お里がこめかみに指を当てながら必死に考える。だが、こんな顔のタヌキもキツネも知らなかった。
あんなに強いアヤカシを、タヌキの総大将の娘である自分が知らぬはずがないのだが……。
「アヤカシじゃないよ?僕は人間さ」
「ど、どこがや、このバケモン!」
頭と半身はたしかに人間そのものに見えるが、その右腕は長い爪の生えた巨大な腕、その右足の先端からは巨人の腕を切り飛ばした剣のように長い『牙』が生えていた。
「お前、どこからどう見ても、アヤカシやんけ。このバケモンが!!」
「……えー、そういう扱いされると、なんだか傷つくなぁ……」
「見てくれなんざ気にするな。肝心なのは、強いかどうかだ!」
天歌は地獄の巨人を見上げながらそう叫ぶ。巨人は死んでいない。
腕を失った衝撃で混乱していたものの、どうやらそろそろ正気に戻ったらしい。
その巨体に備わる『知性』が状況を正確に分析し終わったのだ。あの赤毛のアヤカシ?に己の腕がぶった切られた。その事実は、彼を激怒させるに十分なことである。
巨人が吼えた。あまりの音量でこの場にいた誰もが鼓膜に激痛を感じた。
聴覚が麻痺するなか、巨人の襲撃が再開する。この怒りのターゲットになったのはやはり大牙である。
「……ま、まずいなあ。目が合っちゃったよ……ッ!」
大牙は新たに手に入れた手足の力を用い、境内を全力で逃げ回った。大牙は野良犬のように素早く走り回って巨人の攻撃を回避しつづける。
それはいいのだが、暴れ狂う巨人の体に押しのけられるようにして荒れ寺がどんどん崩壊していく。
お里は考える。良くない流れやなぁ。寺が壊れたらゾンビを防ぐ『壁』がなくなってしまう。うちは生き残らんとあかんのや……こないなとこで、死んでたまるかい!
お里が巨人をにらみつけながら、両手で呪術の印を結ぶ。
「―――見せてやるわい、西のタヌキのド根性!必殺、『金剛縛鎖の陣』ッ!!」
どろん。間抜けな音と共にお里が煙につつまれる。次の瞬間、煙のなかから金色に輝く無数の鎖が勢いよく飛び出していき、大牙を追いかけ回す巨人の手足と胴体を締めあげる。
「封・印!」
ドシン!お里がどこからか取り出し大木槌で、鎖の発端を巨大な釘で打ち留めた。
その瞬間、金の鎖はますます強く巨人に絡みつき、その動きを止めてしまった。
「おお。やるじゃねえか、タヌキ女!……って、あれ?なんでお前、チビになってんの?」
天歌は煙から出てきたお里を見て当然の疑問を口にする。ついさっきまで巨乳美女であったはずのお里は、10才ぐらいの童女にしか見えない姿になっていた。
「どうした、自慢の乳と色気が消えてるぞ」
「う、うるさい!!ほっとけ!!強い術使うと、変化の力も弱まるんや!!」
「これじゃ色んな意味で食べれんな」
「そもそもタヌキは食べ物やないわい!……んなこと言うてる場合か!はよ、あのデカブツ仕留めえ!……うちの術も、そう長くはもたへんぞ!」
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