序章 その6


 ―――人の世の王が死に、新たな人の世の王が生まれたその日。


 人ならざる王もまたこの地に誕生しようとしていた。


 燃え尽き墜ちた灰色の都……ショーグンたちの眠る死の都に異変が起きていた。


 ショーグンの城の地下深く。ショーグンの一族たちしか知らぬ秘密の地下牢。そこに一人の女の死体があった。


 鎖に縛られ、体に13本の魔剣を突き立てられたショーグン家の姫君。古き伝承にある大呪術を実践するため、『生け贄』にされた少女である……。


 赤い月が空高く昇るころ、少女の死体に変化が起きる。大量の出血で干からびていた肉体にみずみずしさが戻ってくる。


 少女の体がびくりと揺れると同時に、閉じられていた彼女の瞳が勢いよく見開かれる。それは金色の輝きを放つ、冥府魔道の瞳……。


「…………死せるサムライたちよ。愛しき地獄のケモノたちよ」


 姫君の唇が言葉を発する。


「冥府の女王の名において命ずる……我が恨みを晴らすため、地上のすべてを喰らうのじゃ!ヒトも、アヤカシも、陰陽師もミカドも!わらわのために、すべての命を滅ぼせ!!」




 ―――それの接近に最も早く気がついたのは天歌であった。


 夕方近くに目を覚ました彼は、すぐに夕飯を食べたあとでまた眠っていた。戦場で培われた癖で、刀を抱きしめたまま眠りこけていた彼は、いわば殺気というものを感じ取ることで寝床から起き上がる。


「……ムカつく気配がしやがんな」


 天歌は刀をぬきながら庭を歩き、寺の塀にひょいと飛び移る。


 彼がその場に飛び移ったのとほとんど同時だった。何者かが彼に飛びかかってきた。


 きしゃああああ!という聞いたこともない奇声とともに視界に現れた襲撃者のことを、天歌の刀は即座に切り捨てていた。


 胴体を真っ二つに切り裂かれ、その襲撃者が寺の境内にぼとりと落下する。


「んー……なんだ、コイツ?」


 それは腐りかけの死体であった。あまりに多くヒトが死んだので、まだ弔いきれていない死体もあちこちに捨て置かれてある。


 だから、死体そのものは珍しくないのだが、腐りかけのくせに『動く死体』というのはあまりに珍しい。


「どうした!なんの騒ぎだ、敵襲かあああッ?」


 寺にいたサムライたちが鎧を着込みながらこの場に集まってくる。天歌が斬った動く死体を見ると、彼らは気味悪げな表情を浮かべた。


 そんな中、一人のサムライがそのゾンビの頭部に槍を突き立てて仕留める。サムライは、なんまいだぶ、と唱えた。


「……むう、哀れな。未練が募ってのことだろう。慟哭のあまり動く死体になることも時にはあるものか。おおい!誰か、僧侶はおらんか!この哀れな死体を弔ってやりたい!」


「―――なあ。オッサン、『それ』、そんなに珍しいものでもなさそうだぜ?」


「なんだと?」


「寺の周りどころか村中にそんなのがうろついてやがる。戦えるヤツ、全員起こせ!」


 天歌は夜の闇に沈む村を見渡しながらそう発言する。


 彼の金色に輝く瞳がうごめく『敵』の姿を見つけていた。ゾンビどもの群れと……そして、それよりもずっと大きな何か。


 四つ足の不気味なケモノだ。そいつが一直線にこの寺目掛けて走ってくる!


「なんだあれ……おい、気をつけろ!デカいヤツが来るぞ!」


『GHAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHッッ<』


 赤い月が不気味に輝く夜空に、おぞましい姿を持つ巨大なケモノが飛翔する。


 獅子の頭と山羊の頭、熊のような胴体に、太い爪をもった長い手足。


 いくつものアヤカシが混じったような怪物が、塀を跳び越えて寺の境内に侵入してくる。


 ミカド側の陰陽師が使役する『鬼兵士』もなかなか不気味な姿をしていたが、ここまでグロテスクなものではなかったし、コイツはサイズが大きすぎた。


 それでも歴戦の勇士たちは怯まない。あの槍をもったサムライが先陣を切る。


 狙い澄まされた槍の一突きが獅子の頭を打ち貫いた。だが、次の瞬間、怪物のもう一つの頭である山羊が猛烈な火炎を吐きつけてくる。


 槍の使い手は反応することもなく火炎放射に焼き尽くされてしまった。


 怪物はそれを皮切りに、次から次にサムライたちを仕留めていく。太い爪で切り裂き、口から吐き出す炎で焼き払い、その巨体でのしかかり押しつぶしていった。

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