序章 その5


 燃える都を見つめながら『猛将ラカン』は未来を憂う。


 ショーグン家は滅んだ。サムライたちの王は消えた。これからは、我らが君主であるミカドの時代がやって来る。はるかな古代のように、ミカドが名実共に王の座に戻るのだ―――。


 ……だが、そうすんなりことが運ぶものだろうか?


 東国のサムライどもは王を失いその結束が崩れるだろう。


 だが、この戦を勝利に導いたのも自分のようなサムライなのだ。陰陽師やキツネの功績も少なくは無いが、この戦における主力は自分たち『西のサムライ』である。


 しかし、ミカドは陰陽師やキツネほどにサムライを評価しようとするだろうか?


 自分たちのおかげでショーグンを倒すことが出来たと、ねぎらってくれるだろうか?


 サムライを排除して王に戻ったミカドが、サムライの存在をこれからも認めるのか?


 ……その可能性は、どうにも低いような気がしてならなかった。


「―――絶好のチャンス、到来ですわね」


 猛将ラカンは背後から聞こえた女の声に顔をしかめる。まあ、仮面をかぶっているおかげでその表情は誰にも知られることはないが。ラカンは振り返ることもなく言い放つ。


「キツネめ。何用だ」


「今日は勝利をお祝いに。ええ、ただそれだけですわ」


「それだけなわけがあるまい」


「……はい。もちろん」


「何を企んでいる」


「私たちにとって、素晴らしいことですわ」


「……素晴らしいことだと?」


「はい。私、昔から自分の災いとなる存在を、許せない性格ですのよ」


「私が嫌いか?」


「いえいえ。お強いラカンさまは好きですわ。私が怖い方は……おわかりでしょう?」


「……」


「沈黙で語り合えるのは、素敵な間柄だと思えませんかぁ?」


「……消えろ。サムライの忠義は揺るがない」


「うふふ。どうでしょう。ラカンさまはマジメですが、おやさしい方ですからね。それゆえにー、見捨てられないかもしれませーん」


「私が誰を見捨てられないと言うのだ?」


「サムライは、サムライを見捨てられないと思うのです」


「…………」


 キツネはラカンの沈黙に満足した。彼女はクスクスと笑いながら甘い声で言葉を続ける。


「海を赤く染めてしまうほどに流されたサムライたちの血……そして、今まさに私たちの目の前で焼け落ちていくショーグンの都……この悲劇の赤い色を知ったラカンさまは、きっと『同胞』を見捨てられませんわ」


「―――お前たちは、何を望む」


「安定と保護ですの」


「……ほう、思いのほかつつましいものだな」


「ええ。大陸を追われた我々は、それほど多くを望みはしません。この国のミカドに取り入ったのも、ただ生きるため仕方なく。でも、朝廷はこれから住みにくくなりますの」


「そうだろうな。ミカドは権力を強めようとしている。お前の兄のように強力なアヤカシを、そばに置きたがりはしないだろう」


「ええ。キツネとサムライは『似ている』のですわ、ラカンさま。この国は狭い。力ある強者たちが共存することは難しい。私たちは、手を取り合えるような気がしませんかぁ?」

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