序章 その3


「……いやあ。あいかわらずバケモノみたいに元気というか。頑丈だよね、天歌は」


 頭のケガに治癒の術を施してもらいながら、天歌はにぎりめしをむさぼっていた。


 温かい米に混じった絶妙な塩気が食欲をかき立ててくる。頭のケガなど、まったく気にすることなく、少年は歯で米をつぶすことに夢中になった。


「この傷、けっこう深いよ。骨にまで達していると思うけど、よく死ななかったもんだ」


「フン。一太刀浴びるぐらいヨユーだろ」


「そ、そうかなあ」


「3、4発頭に喰らっても動いていたヤツもいたぜ?……そりゃ、血まみれだし、しばらくしたら白目剥いて死んじまったけどよ」


「う……そんなこと言いながら食事するなんて、僕にはちょっと無理かな」


「目の前で死体なんか焼いてるほうが、よっぽど気色悪いと思うが?」


「死体って……仏さまだからいいんだよ!」


「ふーん。まあ、どうでもいいや。それより、おかわりだ、おかわりよこせ!」


 ―――天歌はにぎりめしをたらふく食うと、地面にごろりと寝そべった。


 大牙はすぐに寝息を立て始めた親友を見て驚愕する。


 戦場からここまで逃げ延びて来た兵士たちの多くは恐怖のせいか、ろくに眠ることも出来やしない。


 だが、この少年はストレスなど知らない幼子のように、無邪気な顔ですこやかな寝息を立てているではないか……。


「……やっぱり、世の中には色んな人がいるよ。天歌は僕と違うタイプの人間だよね」


 天歌も大牙も『僧兵』として戦場に駆り出された。


 体力のある天歌は子供ながらにサムライどもと一緒に前線で敵と戦わされ、大牙は後方で軍勢をサポートする役目を与えられていた。


 ケガ人の治療と死者の弔い……それだけでも大牙は眠れなくなるほどのストレスを感じている。


 もちろん、いつものようにあの慢性的な胸焼けもそのままあった。彼は天歌に比べて、じつに人間的な繊細さを持った青年なのである。


「―――……でも。眠れるときに眠っておいたほうがいいのかも?」


 大牙が僧侶として学んだ知識。そして、彼のもつ法術と呪術の才能がおぞましい未来を予想していた。


 『餓鬼』があふれている。この東の地にはいなかったはずのアヤカシが、地の底から這い出ているのだ。


 ミカド側には『鬼』をあやつる陰陽師たちがついているとはいえ、貴族ゴッコにうつつをぬかす連中が、『餓鬼』などという戦力にもならない不気味なだけの『鬼』をわざわざ召喚することはないだろう。


 奴らの出現はヒトの意図するものではない。ヒトの思惑よりも、はるかに大きな業によって起こされた事象に間違いないはずだ。


「……呪いと血が、流され過ぎたってことさ」


 大牙だけがこれから来る災いの本質を正確に理解していた。この戦はあまりにもむごたらしいものだった。


 権力奪還を目指すミカドは、邪法におぼれた陰陽師を戦場に引きずり出し、海を渡って来た九つ尾のキツネとも手を結んだ。


 ショーグン側はキツネに負けたタヌキどもと同盟をつくるが無残に敗北……村々は焼かれて、民草は片っ端から殺されていった。呪術にアヤカシに、死人の恨み―――。


「この地は『地獄』に近づいてしまったんだよ。だから、いなかったはずの『餓鬼』があふれて来ているのさ、地の底にある地獄からね。夜になれば、人間同士の戦争なんてお終いだ。陰陽師どもが操るのとは次元の違う……本物の『地獄のケモノ』がやって来る」


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