【9】
「じゃあ、ストロベリーティーで」
「はい」
初めて、こちらから何も言わないうちに紅茶を頼んでもらえた。しかも、ストロベリーティーは私もお気に入りである。
大会の後意気投合し、明乃さんはお店まで来てくれた。メニューを見るなり注文。しびれる。
「いいお店ですね。落ち着く」
「ありがとう」
明乃さんは美人なだけでなく感じもよく、非常に優しくて、そして楽しい人だった。妹のこと、将棋のこと、いろいろと教えてくれた。
明乃さんの妹は、江草美沙さん。中学生から将棋をはじめ、女性のプロになるため、研修会というところに所属しているらしい。ここで一定の成績をとれないと、プロになれない。
妹が頑張っている姿に触発されて、明乃さんも将棋を始めたという。妹には悔しくて聞けないので、雰囲気のいい教室や道場(そんなものあるんだ! と思った)を探し回っているとか。
「まさか美沙がここに来ていたなんて、びっくりです」
「レモンティーを頼んだの。私にとって、初めての女性からの紅茶の注文」
「あれ、でも池永先生がよく来てるって言ってませんでしたっけ」
「あの人はまずいコーヒーが好きみたい」
「ああ……わかる」
ゆったりとした時間が、幸福に流れていくのがわかる。明乃さんは、私が望んでいた空間をこの店の中に作ってくれる。そういうものをまとった人なんだと思う。
「美沙は昔から池永さんにお世話になってるんです。池永さんがプロになったから、自分も早くそうなりたいって。でも、やっぱり厳しいですよね」
「やっぱりプロも……男だらけなんですか?」
「うーん、そうといえばそうだし。ただ、女性だけのプロがあって、美沙はそこを目指してるんです」
「へー、スポーツみたい」
将棋は、頭でするものなので男女差がない、ような気がする。けれども、実際に会場にいたのは男の人ばかりで、当然優勝するのも男性だ。あの中では、最初の一歩さえもひるんでしまう。そうすると女性は参加することもなくて、結局男社会で、居酒屋なのだ。
「本人の大きな目標だから、プロになれればいいんですけど……」
あの日の彼女の顔を思い出す。それは……厳しい世界に似合うとは思えなかった。「結局は将棋が好きか」池永さんはそう言った。でもきっと、それ以外の困難はたくさんあると思う。とはいえ、具体的には、どんなことかはわからない。
「将棋のこと、もっと知りたくなってきちゃった」
「面白いですよ、いろいろと」
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