第2話 アフガニスタンと二人の医師
農業、教育、医療、を大事に考える国造り、「食、人、命」と云えば分かって貰えるだろうか。
それを、アフガニスタン出身で日本に住み着いた医師と、日本人医師としてアフガニスタンに尽くされた中村哲医師の二人を取り上げて考えてみたい。中村哲医師は昨年末残念な亡くなり方をされ、そんなこともあって医師のことは皆さんの方がよくご存じなので経歴等は割愛する。中村さんは医師としてだけでなく、ペシャワール会現地代表として、水があれば多くの病気と帰還難民問題を解決できるとして、福岡県の山田堰をモデルにして建設していた、クナール川からガンベリー砂漠まで総延長25kmを超える用水路が完成し、約10万人の農民が暮らしていける基盤を作られた活動で知られている。
もう一人は、医師レシャード・カレッドさん、平成25年のNHK教育テレビの報道で知ったのです。インタビュー記録 http://h-kishi.sakura.ne.jp/kokoro-617.htm
経歴・活動
1950年、アフガニスタン、カンダハールに生まれる。69年に来日、76年京都大学医学部卒業。故郷に帰って医療者になろうと考えていた矢先、78年ソ連の侵攻が始まった。呼吸器科ができたばかりの静岡県島田市民病院で8年間勤務、多くの患者に慕われる医長となり、日本国籍も取得。イエメンに海外派遣2年、結核の治癒率向上に貢献、大阪、松江など各地で病院勤務の後、93年地元に帰ってきて欲しいとの声で、静岡県島田市に「レシャード医院」を開業。老人保健施設「アポロン」も運営、島田市医師会長として地域医療に貢献する傍ら、パキスタンやカンボジアの難民キャンプでも医療奉仕活動を続け、96年には毎日国際交流賞を受賞。NGO「カレーズの会」を立ち上げ、2008年、故郷・カンダハールに、人々が待ち望んでいた無料で診療を受けられる新しい診療所を開設。 著書に「知ってほしいアフガニスタン: 戦禍はなぜ止まないか」がある。
医師になった動機として幼少期の体験を語っている。
近くの親しくなったお爺さんがいて、病気になってお見舞いというか、遊びに出入りしていた。老人は物を食べれない、咳き込んで苦しそうな感じで弱っていく。往診に来る医者は来るたびに、「何弱気になっているんだ。頑張れよ。ちゃんと食べてちゃんと元気にならなきゃ。薬飲みなさいよ。治るに決まっているじゃないか」と励まして帰ると、お爺さんは元気になってパクパクと食べるようになるし、ちゃんとみんなと喋るし、こちらも声を掛けてあげる。ところが門の前で家族に喋っているお医者さんの言葉は違った。「もう長くないよ。もうおそらく近いうちに亡くなるかも知れない」と言っている。そう言いながらも、また来ては患者さんをまた励ましていくという。最初は〈嘘つきだな〉と思ったが、そのお爺さんの顔を見ていたら、死ぬ前であっても、励まされることによって、わくわくして、そのお医者さんが来るのを待っているような状況で、〈あ、これはただただ薬で治す病気ではなくて、心から信頼されているとか、あるいは心から励ますということによって、その人を元気づけているんだなあ〉ということが子供心にも分かった。医者は、本来はただ薬とか、技術ではないんだ。そういう気持をその時に抱き、医者になる決意をする。家に帰って、教育者であり詩人であった父親にその話をしたら、「そういうことなんだよ。人を救うということは、ただ学門だけではダメだよ。そこに心が添えていなければダメだよ」と云い、「頑張れよ。良いところに気付いたね」という励ましの言葉を貰ったのが原点だと語っている。
留学生だけの寮に住んでいたが、日本語を話したい、日本の文化を知りたいと下宿を探す。老夫婦の1軒に世話になる。その老夫婦があんまりにも親切で、月末になると、下宿代も要らないという様だった。老夫妻は自らの体験談を語った。「戦争中、満州にいた私たちは、日本に帰る船に乗り遅れ、中国に残されてしまった。日本人ということで周囲から罵声を浴び、死の危険すら感じた。幸いにも親切な中国人のおばあさんが私たちをかくまってくれ、おばあさんが一日中働いて苦労して得たわずかな食料を分け与えてくれた。そして日本行きの船に乗る算段をしてくれて、日本に帰ることができたのだ」と。
その恩をいつか困っている誰かに分け与えたいと思っていた時にレシャードさんが現れたということであった。レシャードさんは、「それは私にとっては人生の上では大きな教訓でした。私は、今度このお年寄りから得たものを、どういうふうに、誰に返せるのか、ということを、心に決めておかなければならない」。医師としての覚悟と、姿勢であった。
最後にナレーターはこう結んでいる。
「レシャードさんが医療と共に支援活動の柱としてきた子どもたちへの教育。念願の学校ができたのは、四年前のことでした。今では八百人を越える子どもたちが集まり、女の子も机を並べて学んでいます。レシャードさんは日本とアフガニスタンを往き来して続ける自分の活動が子どもたちの心の中で未来の〈針と糸〉になることを願い続けています」
アフガニスタン 人口3100万、首都カブール350万~450万。平地が12% 殆どが乾燥した標高が高い山岳地帯である。石油があるわけでもない、大した資源があるわけではない。何故ここが長い紛争地帯になるのか? 1830年代、中央アジアへの南下政策を推進するロシアと植民地インドの防衛を至上とするイギリスの接点に位置していた。一時イギリスの保護国となったが、1919年再独立、アフガニスタン王国となる。
その国が長期わたる紛争地になるのは大抵大国の干渉があるからだが、その国の内紛、混乱があってのものでもある。アフガニスタンは多民族国家である。宗教的にはスンニ派が90%、シアーは10%、近代化に向けて世俗主義、それに対する原理主義、王制、共和制。中央アジアのイスラム国はソ連邦成立に合わせて社会主義国として連邦に参加した。その影響で社会主義を主張、親ソ連派も存在した。内紛には事欠かない状態にあった。そんな中、アフガニスタンに1978年社会主義政権が誕生、内部権力抗争、宗教弾圧、海外逃亡者が呼びかけた反ソ連を志向するムジャーヒディーン(ジハードを掲げる民兵組織)が結成され、反政府蜂起。ソ連軍の侵攻がこうして始まった。安易な手出しは時として命取りとなることがある。短期に終わるとしたものが、10年の泥沼になり、結局5年後撤退。ソ連邦崩壊の一因となった。
ムジャーヒディーンに武器援助を与えたのがアメリカである。ムジャーヒディーンからタリバーンやウサーマ・ビン・ラーディのアルカーイダが誕生した。アメリカがサウジアラビアに米軍基地を作ったことに抗議してあの9・11が起こされた。ビン・ラーディの引き渡しを拒否したタリバーンのアフガニスタンにアメリカが本格介入、戦争となる。この後イラク戦争。アメリカの対テロ戦争は世界にテロをばら撒き、難民を大量に発生させただけだった。
アラブの春でシリア内線、イラク、シリアの混乱に乗じてモンスターISが登場。国民の命を何とも思わないアサド政府軍、反政府軍の三つ巴と、そこにクルド勢力がIS撲滅に加わり、何とも複雑な状態に陥り、シリア内線は悲惨を極めた。これらの紛争で発生した大量の難民がヨーロッパに押しかけ、難民・移民問題を引き起こした。
アフガニスタンがパキスタン、イランの国境と接する三日月形の国境地帯はケシの栽培がおこなわれ世界最大の麻薬の密造地帯である。貧しさゆえに栽培されるのである。これらの麻薬の60%は近隣諸国で消費され、残りが欧州に流れる。先進諸国がこの地でなしたことは、テロ、難民、麻薬という形で報復されるのである。
アフガニスタンで一番求められるのは平和であるが、平和になったアフガニスタンではどんな国造りが求められるのであろうか。二人の医師ならと考えてみた次第である。命を大事に考える医師だから、医療の充実をまず考えるだろう。次に中村医師は農業を、レシャード医師は教育に関心を示している。
大切なもの、「食、人、命」は農業、教育、医療と置き換えられる。荒廃した国の再建はこうしたところの地道な積み重ねから始めるしかない。国造りの基本ではないだろうか。一方では武器供与、そして一方では復興支援、いくらほどの価値があるというのだろうか。
コロナでは建物や街は破壊されなかった。多くの人命が無くなったが内戦、紛争の比ではない。それでも、2か月、3か月あっという間のスピードで世界の経済を壊してしまった。破壊から立て直すことには変わりがない。
それぞれの国にはそれぞれの歴史と発展段階がある。全ての国が最先端技術を必要とし、カバーされる訳ではない。後進国、弱小国と見られる存在でも、そこをおろそかに見ると、先進的な地域でもその報いを受けることを見て来た。それぞれの国において、「食、人、命」をもう一度大事に考え、ポストコロナの共通項とすべきではないだろうか。
農業、教育、医療は経済効率だけで測ってはいけない分野のものである。非効率に見えるものの上にこそ、効率の世界が築かれるということを、コロナを通じて認識すべきではないだろうか。最先端技術、科学、医療をもってしても、私たちは一時都市をシャットダウンすることでしか守れなかったのである。
環境破壊、環境災害がいつ食糧飢餓パンデミックを生むかも知れない。そしてもう一つのウイルス。情報ウイルスという存在がある。文明が進歩すればするほど、またその脆さの上に私たちは存在している。コロナがアッという間に世界を駆け巡ったそのスピードに私はただただ驚いている。
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