第22話 血の武器

 

 短剣をぎゅっと握り、俺は手錠に繋がれた腕を見下ろす。


「グロォォォォ!」

「ぅぅう、ぃやあぁ、ぁ!」


 泣き、恐怖に震えるアベル。

 

 俺はそれを見て、覚悟を決めた。


 俺の筋力と短剣の刃じゃ鎖を叩き切ることはできない。


 ならば、腕を斬るしかあるまい。


「クッソ、なんで、こんなことに!」


 俺は自分にかけられていた布団のシーツを口に詰めて、思いきり歯を食いしばる。


 映画で見たことあるシーンをまねた。

 これで本当に痛みに耐えられるかは、知らない。


 いくぞ、いくぞ、いくぞ!


 俺は自分を叱咤して、刃を手首に突き刺した。


「ん゛ぅぅぅう゛ッ?!」


 一回刺しただけで、俺は絶望していた。


 圧倒的な後悔。


 口からよだれに、まみれたシーツがこぼれ落ちそうになる。


 嘘だろ……!?


 こんなに、痛い、のか……ッ?


「いやぁあああ!」


「ッ」


 だが、迷ってる時間はなかった。


 脳みそが焼き切れそうな激痛のなか、俺は短剣を何度も何度も手首に突き刺して、最後には粘性の糸を引く筋肉繊維と、骨をごりごりと削り落とした。


 失血死する。間違いなくそう感じながらも俺は、シーツをゔぇっと吐き出して綺麗な面で血が止めどなく溢れるのをふさいだ。


 すぐにシーツはまっかに染まった。


「グロォォオオオ!」


 アベルの血に興奮して走りだした魔獣へ、手首から先をなくした腕をふってシーツから滲む血をたたきつける。


 すると、魔獣はアベルを飛び越えて、ベッドのうえ俺のほうへと突撃してきた。


 俺は失血でくらくらしはじめた視界のなか、確かなステップでベッドから飛び降り、壁に大穴をあけるタックルを回避する。


「っ、も、モブ……、その、腕……っ!

「はぁ、はぁ……なにしてる、走れ! はやく逃げて、助けを呼んでくれ!」


 アベルは俺の声にハッと我にかえり、立ちあがって魔獣がはいってきた穴から逃げだした。


「グロォオ!」

「行かせるかよ……っ」


 アベルを追おうとする魔獣のまえにステップで割りこみ、片手にもった短剣で真っ黒い獣毛を浅く斬りつける。


 命を奪うには、あまりにも心許こころもとない。

 ただ、牽制けんせいくらいなら十分に使える。


「グロォ、ォォォォ……!」


 低くうなり、様子をうながってくる魔獣。


「はぁ……ぁ、ぁ、ふらふら、して来た」


 俺は首をぶんぶんと左右にふって、不明瞭になる視界と足元をなんとか安定させる。


 大丈夫。

 勝機はある。


 俺が持つ短剣。


 これがヴェインハーストの武器ならば、必ずや″水の仕掛け″があるはずだ。


「グロォォォォォオッ!」


 魔獣は雄叫びをあげて、飛びかかって来た。


 ここしかない。


 俺は短剣を片手で力一杯握りこみ、隠された本当の性能を覚醒させる。


 『フラッドボーン』というゲームにはプレイヤーの攻撃力を左右するステータスというものは、主に『筋力』と『技量』という値がある。


 ハンマーやら大剣やら、重たい武器を使った場合の攻撃力をあげたいならステータスは『筋力』にふっておけば間違いない。


 『筋力』が高いほどパワーがあがって、それだけダメージが出る。単純な理論だ。


 細い刃や、機構の複雑な武器を使って高いダメージを出したいのなら、ステータスはとりあえず『技量』にふっておけば問題ない。


 『技量』が高いほど、思い描いた切断面に正確に刃を通せる。うんうん、なるほどだ。


 ただ、代表的な攻撃力とは言えない攻撃力として、『フラッドボーン』というゲームには″水の攻撃力″が存在する。


 『フラッドボーン』における『水』……すなわち銃と同じ理論で体内の血のクォリティが高いと、威力があがる武器があるのだ。



 それがーー血の武器である。



「おらぁあああ!」


 飛びかかってくる魔獣の勢いを利用し、その太い首がやってくる位置に、俺の血が凝固して出来上がった真っ赤な刃を持ってくる。


 ヴェインハースト特製の血の武器は、魔獣の首をとらえた。


 ーーズシャリッ


 大きな牙を紙一重でかわし、カウンター判定を発生させながら、俺はデカイ頭を斬り飛ばす。


「理想的だ、カウンター……ヘッドショット……はん、てい……」


 俺の背後につっこんだ、意思と首をもたぬ肉塊はピクピクと痙攣して、やがて動かなくなった。


「はあ、はぁ、はぁ、はぁ、ぅ、あぁ……倒せた、のか……ゔぉえ!」


 死にゆく魔獣を見送り、俺は口から血の塊をはきだした。


 俺は重さと衝撃にたえられず、粉砕骨折した手首をだらりとさげて、短剣を取り落とし、抗えない目眩に倒れた。


 俺、死んだな。


 自分の運命の終わりをさとりながら、なんとか『水血液』を太ももに刺して注射しようとするが、もはや壊れた手先は言うことを聞いてはくれなかった。


 最後まであがいた。


 『水血液』の注射器を顔の近くの床におとし、割って、それを舐めようともした。


 だが、どんなに醜くあがいたところで、やはり俺はもうダメだったのだ。


 これまでの『フラッドボーン』をプレイした記憶が、走馬灯のように駆け抜けていく。


 2万時間も遊んだのにな……。

 ダメだったよ、父さん、母さん……。

 やっぱり、俺は何もできない人間だったんだ……。


 やるせない気持ち。


 バーナムで帰りを待ってるだろうマーシーの事を思うと胸が締め付けられた。


 それに、本物のアベルにも会えたのに。

 

 もっとたくさん、話がしたかった、のに……。




 こんなんじゃ、絶対に終われない……。

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