第20話 この令嬢、アホの子だった。

 

 王都アステロッサでやる最も重要な任務。アベル嬢の命を救うこと。


 王都に帰還したアベル嬢は、その足ですぐにアステロッサの別荘に戻ることになる。


 アベル嬢は王国内でも有力な貴族ヴェインハースト家の令嬢なので、王政府から派遣された官憲隊は、彼女を手厚く警護して屋敷までおくるだろう。


 ただ、このときに官憲隊のなかに、『淀み』を根絶することに取り憑かれ、ついには自らが『魔獣』に堕ちてしまった……という設定をもつ、実に厄介な隊士がまぎれこんでおり、アベル嬢の血の匂いに誘われて、彼女を喰らってしまうのだ。


 この隊士は、例にならって周回プレイヤーが簡単にイベントをクリアしすぎないように、隊士の中からランダムで発生するようになっている。


 彼女を助けるには、この魔獣と化した隊士が姿を現したときに、その場にいて魔獣を打ち倒さないといけない。


 まあ、そのイベントは夕方に発生するので、昼の間はのんびり王都中にひそんだ『水の意志』をもつ魔獣を仕留めていればいい。


 ーーバンッ


「ぐ、ろ、ぉぉ……」


 地下下水道に隠れていた魔獣を撃ち殺した。


 宿屋から出て、1時間でもうずいぶんな数の魔獣を片付けられている。


 全員の場所を把握しているとはいえ、これは『フラッドボーン』のプレイヤーだった頃よりも良いタイムで全回収できそうだ。


 死体のなかから、血の塊を回収して、地上へと戻る。


 地下下水にいるボーナス魔獣は、今ので最後だからな。

 次に向かうは、アステロッサ城の屋根上に設置された小型エネミーたちだな。


「あーっ! 見つけたわよ! そこな銀人!」


「うっ、アベル嬢」


 何ということだ。


 マンホールから顔をだした瞬間、バッドタイミングで、偶然通りかかった雰囲気をかもしだすアベル嬢に見つかってしまった。


 あたりには官憲隊が5人もついている。


 いかんな。

 こんなところで捕まったら、予定が狂うし、そもそも夕方のイベントに間に合わない。


「ちょっと、あんた、なんでさっきから逃げるようなことーー」


「スッ」


 マンホールからだした頭を引っ込めて、地上への入り口をそっ閉じする。

 

 見なかった事にしよう。


「ちょっとォオ!」


 しかし、すぐにマンホールが勢いよく持ちあげられ、道が再び開通してしまった。


「なに閉じてんのよッ! 逃すわけないでしょっ、あんた!」

「やべ」


 アベル嬢がドレス姿のまま、マンホールの縦はしごを降りてくる。


「アベル様、危険です!」

「おやめください、下水道に自ら降りるなど!」


「うっさいわよ! 止めるんじゃないわ、あんた達がモタモタしてるから、あたしが自分で捕まえるって言ってんの!」


 アベル嬢が恐い顔で、細い垂直通路のうえから、紅い眼差しをむけてくる。


 アベル嬢の筋力は『水の貴族』だけあって、並の銀人ならくびり殺すくらいに高く設定されてるはず……。


 組み伏せられたら逃げられないな。


「待ちなさいよ、だから、なんで逃げんのよ!」

「アベリーナさん」


 俺は真上を見上げて、アベル嬢の本名を呼んだ。


 彼女を無力化するのに、有効な作戦がある。


「っ、な、なんで、あんたがあたしの名前を……」


 動揺するアベル嬢。


 俺は頬がゆるむのを我慢しながらつげる。


「パンツ見えてますよ。まだ子供なのに、ひもパンなんすね。びっくりです」


 俺はそう言い残して、静かになる現場から離れるため、スタスタとはしごを降りていく。


 しばらくして、頭上を見上げると、目の端に涙をうかべ、顔を真っ赤にしたアベル嬢の姿があった。


 彼女はプライドが高い。

 これで恥ずかしさに動けなくなっただろう。


 ゲーム内のAI相手にも通用するせいで、プレイヤーたちが大喜びでセクハラ発言しまくってたのが、ここで役に立つとは思わなんだ。


「ちっす、それじゃ、失礼します」


 俺は片手をあげて、上司よりはやく帰る新入社員風に地下を歩きだす。


 しかし、予想外のことが起きた。


「んひゃぁぁあ……!」

「ん? ……ッ?!」


 アベル嬢は可愛い声で悶えながら、はしごからパッと手を離して、ドレスを押さえはじめたのだ。


 はしごを降りてる最中に、そんなことすれば、当然のように体を支えられなくなり、重力にしたがって落ちてしまう。


「アホですか、アベルさん?!」

「んひゃああ!」

「『んひゃ!』じゃなくて、くそ、受けとめるしか……!」


 マンホールの入り口で官憲隊が、あっと驚いて見守るなか。

 俺は落ちてくるアベル嬢の真下へ、すべり込み何とかキャッチして倒れこんだ。


 同時に頭を打ってしまい、意識がもうろうとする。


「あ、ぅ、くそ……」


「あれ? 助かった……? って、あぁあああー! なんか下敷きになってる!?」


 アベル嬢のお尻に顔を潰される。

 まずい。なんて魅力的な柔らかさなんだ。


 俺はマーシー一筋だと言うのに。


 やくたいのないことを考えながら、俺の意識は沈んでいく。


「あんた! ちょっと、大丈夫なの?! 銀人ならこれくらいで死なないでよ……! ねぇってば、ちょっと、起きてよ……っ! お願いよ、目をあけて……!」

 

 叫ぶ少女の声が、俺の最後の記憶だった。


 

         ⌛︎⌛︎⌛︎



 黒い影がおってくる。

 巨大な蝋燭と、アーモンドのおばけが空を覆い隠して、俺を覆い隠して、呪いの中心地に集まっていく。


 偉大なる思考が、脳内で入り乱れる。


 俺は彼らに見られているーー。

 

 

         ⌛︎⌛︎⌛︎



 薄気味悪い夢から目を覚ます。


「っ」


 そこは明るい部屋だった。


 天井は白く、眩しく、装飾も豪華。


 どこかの貴族の屋敷?

 いや、この部屋見たことあるような……。


「ようやく、目を覚ましたわね!」

「この声……ぅ……っ」


 かたわらに視線を向けると、そこにワイン色のドレスを着た梅髪の美少女が立っていた。


 アベル嬢。


 そうか……俺は彼女についに捕まってしまったのか。


 加虐大好きそくな瞳を爛々と輝かせるのを見て、俺はすべての終わりをさとった。


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