第10話 エドウィン帰還する



 夜明けのバーナム。


「はぁ、はぁ、ふぅ……」

「あの、エドウィン様、私重たいですか……?」

「ぃ、いや、大丈夫。力ないだけなんで、ひぃ、ひぃ」


 一晩中、大鉈やら、火炎瓶やら投げていた疲れきったバーナム市民にとっては厳しいよ。


 モブキャラだから、仕方ないけど。


「それじゃ、ここらへんで」


 俺はフィオラをゆっくりおろす。


 しかし、フィオラは俺の首に手をまわして、なかなか離れようとしない。


「あの、離してくれませんか?」

「エドウィン様……私は、これからどうすればいいんですか?」


 フィオラはかなしそう眉尻をさげて言った。


 彼女のこの後の行動は1つだけだ。


 本来なら主人公がボス戦を終えて『平穏』フェイズへ移行したタイミングで、彼女は主人公に勝手についていく。

 そのためゲームだと、彼女と次に会話できるようになるのは、バーナム市街にある主人公の家のまえだ。


 だいたい家の候補地は2000軒くらいあるが、俺はそのすべての位置を覚えてるし、そもそも@ChikubiDaisuki0920が、最初にどこをバーナムでの活動拠点に選んだのかも、もちろん知ってる。


 ゆえに、主人公の家のまえに、行ってもらえばオーケーだ。


 俺は@ChikubiDaisuki0920の家をフィオラに教えた。


「え、それ、@ChikubiDaisuki0920さんの家なんですか?」


 ギョッとした顔で言うフィオラ。


「私、エドウィン様のお家に行きたいったいうか……その、なにかお礼もしないとですし……」


 フィオラは頬を染めて、チラチラと上目遣いで聞いてきた。可愛いなぁ……いかんいかん。


 やっぱり、これは良くない。

 あきらかにゲームの基本プロットから逸脱いつだつしてる。


 最初のボスがモブキャラといい感じになってどうするだ。

 物語から離れすぎると、俺の経験値が役に立たない事態が起きかねないし、やっぱりダメだな。


 彼女にも優しくしてあげたいのは、男として、かつての夫としてやまやまだが、それはできない。


 物語を真に動かせるのは、悔しいが主人公だけなんだから。


 俺はフィオラを根気よく、言葉を重ねて説得して、なんとか彼女に@ChikubiDaisuki0920の家のまえへ行ってもらうことにした。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 フィオラを送った後。


 俺はマーシーたちのいるクラフト邸へ、こっそり帰宅して、ベッドへと潜りこんだ。


 金持ちなだけあって、個室を用意されたので、彼女らには気がつかれずに済みそうだ。


 俺は柔らかいベッドのかかで、泥のように眠った。


 あぁ……本当に疲れる夜だったな。

 これであと1ヶ月くらいは安泰だ。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



「エド、起きて、エド!」


 声に目を覚まし、まぶたを持ち上げる。


 目の前に紺青の瞳があった。


「うわっ」


 俺は驚き、思わず身をひいてしまう。

 しかし、そうはマーシーが許さない。


 ずっと手を握られていた、らしくベッドに彼女もいっしょに倒れ込んできた。


「あ、エドったら、朝そんな!」

「いや、違う……違、くはないかな?」


 俺はベッドに連れこもうとした罪を否定しかけ、それも悪くないと思いなおす。


 相手は16歳の少女。

 そういう事にも興味を持ちはじめてる年頃だ。


 ならば、彼女が望むなら、俺も昨日のチュウ以来、爆発しそうになってる性欲を我慢しなくていいのではないか?


「エド」


 見つめてくるマーシー。

 顔を近づけてくる。


 おでことおでこをコツンっとぶつけ合わせ、ふたたびキス我慢をさせられる。


 顔にかかる彼女の吐息。

 甘く、少女の高揚した気持ちがつたわってくる。


 俺は彼女の細い肩をつかみ、


「おっと、失礼、エドウィンくん」


「うわっ!」

「ちょっ、パパ!

 

 扉のまえでニヤニヤ笑う乱入者。

 ミスター・クラフトが朝食のために、呼びに来たらしい。


「いやぁ、邪魔するつもりはなかったんだ。……だが、まだおっちゃんは、エドウィンくんの事を良くわかってない。そういうことは控えてくれよな?」


 ウィンクして念押ししてくるミスター・クラフト。


 そうだよな。

 父親なら娘が心配だよな。

 俺も『フラッドボーン』のなかで、ヒロインたちの間に出来た子供達を宝のように大切にしてたし、わかるぜ。


 渋々、俺は引き下がることにした。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 朝食を片付ける。


「痛ぃ」


 俺は肩の筋肉痛に悩まされていた。


 モブキャラの肉体能力では、まともな戦闘をしてないのに体が悲鳴を上げてしまっている。


 この先、敵はアホほど強くなるし、量も増えていく。

 それに、連日ストーリーミッションに挑まないといけない日がやがてくる。


 今のままでは、対応しきれない。


 それに、数日後にはいったん″王都″に顔をだす。

 そこで、あるサイドミッションをこなしておかないと、絶対にあとで苦労するからな。


「ハードな異世界転生だなぁ……」

「ん、どうした、体が痛いのか、エドウィンくん。ならば、体を鍛えて強くするといい! エドウィンくんは細すぎるからな!」


 快活に笑うミスター・クラフト。


 そうしようと思ってた。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 体を鍛えて強くする、とはいえ単にダンベルを握るわけじゃない。


 もちろん、体も鍛える。


 ただ、より効果的な方法がある。


 レベルアップだ。


 『フラッドボーン』では『平穏』フェイズでは、主人公の家のなかにある『人形』のオブジェクトに触れることで、レベルアップできる。


 『魔獣狩りの夜』やストーリーミッション中は、この『人形』は『銀人の夢』のなかに移動している。


 プレイヤーが経験値をためる方法は、ストーリーミッションで敵を倒す以外にも、たくさん『平穏』フェイズに用意されているが、モブキャラにはもちろんそんなものはない。


 俺は昨日できるだけ稼いだ、なけなしの経験値を手に持って、主人公の家へやってきた。

 

 家のまえにフィオラの姿はない。


 きっと、主人公と会話して、うまいことゲームのプロットに沿った動きに戻ってくれたんだろう。


 俺は主人公の家のなかに@ChikubiDaisuki0920がいないことを確認して、そっと侵入した。


 人形を見つけて、手を触れる。


 すると、視界のなかにメニューが開かれた。

 

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