第2話 変わったエドウィン


 草原で起こされるなり、俺はマーシーについていって、うわさの塾へ向かうことになった。


 道中、この異世界の街並みに、みょうな既視感を覚えた。


 まるで第二の故郷のような気分になった。

 

 理由はわからない。


 エドウィンはこれまで、あまり物事を知ろうとせず生きてきたらしい。断片的なログインボーナスも相まって、記憶は判然としている。


 かわりに変な設定用語ばかり記憶に入ってくる。

 なんだこれは? やけに厨二チックだが。


 唯一正確にわかるのは、ここは異世界だということ。


 あまりにも現実離れした、谷と谷との間に無数の陸橋がかけられた、ファンタジー都市がその事実を教えてくれた。


「あれ、やっぱり、ここ……」

「エド、はやくしないと! また遅刻したらほんとうに塾をやめさせられちゃうよ!」


 この街の風景は『フラッドボーン』のメイン舞台″バーナム街″にとてもよく似ている。


 

         ⌛︎⌛︎⌛︎



 マーシーに連れられ、俺は塾へとやってきた。


 塾につくと、みんなが俺のことを見てクスクス笑い出した。


 同年代の友達から……いや、知り合いたちにはこのエドウィンは好かれてないのは、彼自身の記憶から把握済み。

 特段驚くことはなかった。

 頭が悪く、自尊心の塊、こじらせ、ロンリーウルフ。


 それが、エドウィンという残念な青年だ。


「よいしょっと」


 マーシーが机と椅子を2人分、部屋の角から取ってくる。


 机のうえをパンパンっと叩き、ニコッと笑ってくれた。


「一緒に座ってくれるのか?」


 俺は記憶をさぐり、これが日常だとしりつつも、つい聞いてしまう。


「当たり前だよ、エドとわたしは″カップル″なんだから!」


 カップル。

 その言葉に思わずドキッとしてしまう。


 普段のエドウィンなら「うざい。俺たちは他人だろ」と彼女の可愛げのあるジョークにマジレス毘沙門天びしゃもんてんしてかえすか、

 あるいは無視して、彼女がもってきた椅子に偉そうに座るだけだ。


 自尊心が高く、何もしてないのに、何かをできる気でいるアホたれ。


 それが、エドウィン青年の記憶を手に入れた俺の、彼に対する評価。


 顔だけやたら二枚目なので、さらにナルシストな点も加わって、地元では、誰もエドウィンの相手などしない。


 マーシー以外は。


「えへへ、今日は否定しないんだね〜」

 

 にへらっと、笑い頬を染めるマーシー。

 

 エドウィン青年は、まだ厨二病がぬけておらずクールキャラをしたい年頃だってらしいが、俺は違う。

 

 俺はもうそんな暗黒期は、とうの昔に終えている。

 44歳をなめんなよ。


「いつも、ありがとな。本当にカップルになっちゃう?」

「え……っ!」


 おっさんのセクハラ発言。

 本来なら訴訟モノだが、俺の読みが正しければーー、


「えっ、あっと、えぇと……! エド、いきなり、どうしたの?!」

「ぁ、あれ? どっちにしろ、セクハラで片付けられる……?」


 しまった、やっぱり俺は馬鹿だ。

 エドウィン青年の記憶から、マーシーが俺に好意があるだなんて読み違えてしまった。


 うつむくマーシー。

 椅子をずいっとよせて、近くから上目遣いで見あげてくる。

 頬が赤く染まっている。

 彼女から香るいい匂いに、俺は心臓がバクバクだ。


「えへへ、エド、冗談ってわかってるけど、その……すごく嬉しいなぁ! えへへ」


 その笑顔が可愛すぎた。

 そして、俺は彼女に惹かれてることに気がついた、



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 塾で教えられたことは、主に読み書き計算の仕方。


 何も難しいことなどない。


 遥か遠い記憶で習った、寺子屋てらこやみたいだ。


 今日は算数のテストがあったが、特に苦労することなく、簡単に満点を取ることができた。


 途中、くしゃくしゃに丸められたカンニングペーパーがマーシーから飛んできた。


 エドウィン青年のテストでは、日常茶飯事……というか彼がマーシーにやらせてる行為だ。


 生活も、勉強も、ずっとこのエドウィンという男はマーシーに助けられてきたのだ。


 ちなみに、マーシーは塾で1番勉強ができる優等生だが、この塾の問題レベルが高いのか、いくつか間違えてたので、訂正して、ペーパーを投げ返しておいた。


 紙を見てマーシーは、耳まで赤くなって、潤んだ瞳でこっちを見てきた。


 声にもならないちいさな声で「わすれて……っ!」と言っていた。


 勉強できるお姉さんキャラを崩したくなかったのか。


 どのみち、すごく可愛かった。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 塾はものの2時間かそこいらで終わり、帰宅となった。


 まだ日が高く昇っている。


 谷と谷にかかる広大かつ、無数の陸橋が見える広場へやってきた。塾を出てすぐの場所だ。


「今日のテスト凄かったよ。エドったら、いつあんなに勉強したの?」


 マーシーは愛らしく首をかしげる。


「あれくらいなら余裕だけどな。一応、これでも数学科でてるし……」

「すうがくか……? なんだか、わからないけど、エドも見えないところで頑張ってたんだね。えへへ、でも字書きはいつもどおりだったね!」

「ぅ」


 たしかに、この世界の言語についてエドウィンの記憶から受け継いでるが、それはつまり、その分野ではエドウィンとレベルが変わらないということだ。


 ちょっと悔しい。


「エドさ、そのぉ……もしよかったら、今日わたしの家で、いっしょに勉強会しない?」


 谷面のさくを背に、マーシーはもじもじしながら、思いきったように聞いてくる。


 女子と勉強会なんて、なんちゅうイベントだ。

 中学生の時以来の、甘い青春の香りに、油で汚れたおっさん脳が清浄化されていく。


 しばらく、その美しさにみとれて唖然としていると、マーシーは瞳から涙をぽろりとこぼした。


「……っ、ぁ、ごめん! エドは悪の秘密結社との戦いで忙しいんだよね! あれれ、おかしいな、今日のわたし、こんな変な誘いしちゃって、ほんと……馬鹿みたいだよね、えへへ……」


 沈黙を拒絶と受け取ったのか、マーシーは鼻をすすり、目元を覆い隠して走りだす。


 俺は彼女の手をとっさに捕まえた。


「っ、え、エド?」

「そんな痛い設定のためにチャンスを逃してたたまるか。マーシー、俺からもお願いだ、勉強を教えてくれないか?」


 俺がそういうとマーシーは、ばぁっと顔を明るくした。

 感極まったように手を口にあて「エドがわたしの家に来るなんて、何年ぶりだろ……!」と嬉しそう言った。


 エドウィンは基本的に馬鹿で厨二病だ。

 こじらせすぎて健気に、遊びに誘ってくれる幼馴染マーシーの申し出をすべて拒絶してきた。


 ここ最近のマーシーは、エドウィンを誘うことすら、彼からの拒絶を恐れて、出来なくなっていたのだ。


 それも、そのはず。


 エドウィン青年が気になっている女子は、同じ塾の話した事もない、不良のギャルだったからだ。

 つまり、彼にとってマーシーはうっとおしいだけの存在だった。


 記憶をさぐれば、この愚かな男が、結局、胸のデカさに釣られたとわかる。

 俺は思春期男子の単純さに、頭が痛くなった。


 マーシーのほうが、どう考えても可愛いだろうに。


 俺はマーシーの瞳からこぼれる涙を、指ですくい払ってあげた。

 彼女はうっとりした顔で見上げてくる。


「エド、なんだか凄く変わったけど……すごく、すごく今のわたしは、エドといれて幸せだよ」

「っ……俺もだ」


 目をつむり、彼女との未来を心に誓う。


「さあ、マーシー行こう」


 俺はマーシーの手を引いて歩きだした。

 マーシーは、はにかみ笑い「うん!」と元気にうなずいてくれた。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 マーシーの家は大きかった。

 父親がかつて″特殊な武器製作″を一手に引き受けていたらしく、それで大繁栄したらしい。


 今はやや勢いが落ちてるが、それでも、大手鍛冶屋として、まだまだ街で多大な勢力を誇っている。


 ゆえに、金持ちだ。


「ちょっと待っててね! すぐに部屋掃除してくるから!」

「汚くても、別に構わないけど?」

 

 俺はそう言って、家のなかへ入ろうとする。


「だ、だめだよ! すこし待ってて! ほら、良い子だから来ちゃだめだよ!」


 彼女はそういって、俺の頭をおさえる。子犬か。


 マーシーは譲らない。


 結局、俺は押し通ること叶わず、玄関先ですこし待つことになった。


 ひとりになると、自分が本当に異世界に転生したことについて自然と考えてしまう。


 この街並み。

 まるで、オレがVRの世界で見ていたあのゲームの世界みたいじゃないか。


 VRシステムの作りだす世界はリアルだが、肌を撫でる風、昼の陽光、近世で文明が栄えだした世界の香りは、再現しきれていない。


 俺の五感が感じている、このすべてはホンモノだ。


「本当に異世界転生したのか…………ん?」


 街並み行く人を見てると、変わった人間を発見。


 厚皮の黒いロングコート、腰に見覚えのある形状の銃をさげていてーー、

 

「っ、まじかよ、あれって『銀人ぎんじん』……?」


 俺の視界に入ってきた存在。

 

 それは『フラッドボーン 』でプレイヤーが演じることになる『魔獣狩り』の専門家たち『銀人』だった。


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