不可解(三題噺:胃腸炎、新入生、容疑者X)

 昼休みの暖かい教室。机を寄せあい弁当を食べていると、梨花りかが腹痛を訴えだした。大丈夫、大丈夫、と弁当仲間たちは声をかける。しかしまだ出会ったばかりの彼らだから、その心配の声にはどこか醒めた調子が感じられた。

 中学時代からの親友、加奈子かなこはひときわ青ざめ、がたんと立ち上がり教室に向かって叫んだ。

「いったい誰よう、犯人は!」

 心配そうに梨花を覗き込んでいたクラスメイトたちは、きょとんとした顔をする。

「え? 犯人?」

「犯人っ。梨花をこんなめにあわせた犯人よ」

 弁当仲間たちは、顔を見あわせ苦笑した。加奈子の妄想癖は、入学して一月しか経っていないこの教室でも有名だ。

「それは犯人っていうか、たぶん、何か悪いもの食べたんだと思うよ」

 弁当仲間のひとりが諭すように言う。

「違うよっ、梨花がそんな愚かなことするわけないもんっ。ねっ梨花?」

 梨花はお腹を押さえながら、わかんない、とか細い声で言う。

「とりあえず、はやしさん保健室連れてったほうがいいんじゃない?」

「あ、うん、確かにそうかも」

 クラスメイトの助言に加奈子は頷き、梨花を優しく立ち上がらせる。肩にもたれさせ、ゆっくりとドアのほうへ向かう。

「今はとりあえず梨花が大事だからほっとくけど、」

 加奈子はふいに振り向いて、大きな声で言った。

「帰ってきたら、犯人突き止めるからね。ぜーったい、ぜったい、許さないんだからっ」

 真顔で言い放つと、加奈子と梨花は教室から消えていった。

 しんと一瞬静まりかえったあと、教室は沸いた。皆、加奈子の話で盛り上がった。


 ふらふらと倒れそうな梨花を支えながら、加奈子は廊下を歩いていた。すれ違う生徒たちは、二人をじいっと眺めてゆく。

「ねえ、大丈夫、梨花? 誰にそんなことされたの?」

「恥ずかしいから、あんまりうるさくしないで……」

 荒い息で、梨花は言う。

「ごめんっ。でもでも、ほんとに誰だろうね? ひどいことするんだからっ。梨花をこんなめにあわせるなんて、許せない」

「加奈子……」

「なに、梨花、どうしたのっ?」

「さっきから言いたかったんだけど、腹痛は人が起こせるものじゃないのよ。基本的に……」

 ええっ、と加奈子は心底驚いた顔をした。

「知らなかったの?」

「知らないよう、そんなこと。嘘でしょう?」

 はあ、と梨花はため息をつく。

「当り前よ……もう、加奈子は天然というか何か」

 わあっと外で歓声があがる。春の陽気はぽかぽかと暖かく、気だるく校舎を満たしている。

「で、そのことを踏まえて、言いたいことがあるの」

 なに? と加奈子は訊く。

「犯人は私よ」

 呼吸を整えると、梨花は淡々と告げた。

 加奈子は、えっ、と声をあげた。

「え、なに、それ、どういうこと?」

「そのまんま。腐りかけた牛乳を、今朝、飲んできたのよ……わざとね。やっと効いてきたみたい。ちょっと遅かったわね」

「……梨花? え?」

 戸惑う加奈子に、梨花はほくそ笑んだ。呼吸はぜいはあと苦しげで、脂汗も浮いていて、しかし梨花は楽しそうだった。

「だって、あのクラス……つまらないんだもの。なーんにも起きなくって。だからね、私……倒れたらどうなるかと思って」

「何それっ」

 加奈子には、理解できなかった。かろうじてわかるのは、梨花がどうやら、牛乳が腐っているとわかっていて敢えて飲んできたらしいということだけだった。

「だめだよ、自分の身体大事にしないと。何でそんなこと、」

「倒れたかったの」

 梨花はつらそうに、しかし楽しそうに言った。

「……倒れたかったの。それで、クラスの反応見て、……まあそれなりに、暇つぶしにはなったわね」

 加奈子は肩に頭を載せている親友の表情を、見ることができなかった。何を言っているのか、わからなくて。怖くて。

「わかんないんでしょう。加奈子には。いいのよ。それでいいのよ」

 加奈子は意味もわからないまま、うん、と答えて、ただ保健室への道を歩いてゆくことしかできなかった。梨花がぐんと、重くなった気がした。








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