もとには戻れない(三題噺:ツンデレ、ペットボトル、青春)
五月の空は澄み渡り、爽やかな風が頬を撫でる。ペットボトルに入った水を、ゆっくりと飲み下す。喉が心地よく鳴り、水分が身体に行き渡ってゆく。気もちの良い、初夏の午後。
「青春だねー」
私は伸びをして言う。
「別に」
「なんでっ。こんなに気もちの良い放課後、学校のベンチで語らう私たち! 青春じゃん?」
返事は返ってこなかった。私はりぃちゃんの横顔を見つめる。気のつよそうな顔、すっと通った鼻。入学してからたったの一ヶ月で、三人の男の子から告白されたというのもわかる。
私はひざに手を乗せ、りぃちゃんの顔を下から覗き込んだ。
「青春じゃんっ」
「ひとりでやってなさいよ。私は関係ないから」
つん、とりぃちゃんはそっぽを向いてしまう。
「なんでー。りぃちゃん、冷たいー」
りぃちゃんの制服の袖をぐいぐいと引っ張るが、りぃちゃんは視線をあわせてくれない。
「暑苦しい」
「りぃちゃんのこと、好きだもん」
私はりぃちゃんにぴたりとくっついた。が、すぐに私の手は振り払われた。その力のつよさに、私はびっくりして居住まいを正す。
「そういうのは、彼氏とやりなさい」
自身の顔が強張ったのが、わかった。
私とりぃちゃんは、一番の仲よしだ。それは自信をもって言える。私たちはいつだって一緒にいて、それは私が男の子とつきあい始めても変わらないと思っていて――。
「彼氏に嫉妬なんかされたらたまんない」
私は悲しくなってしまい、しゅんとうつむいた。ころころとよく笑う、彼の笑顔が思い浮かぶ。彼のことは好きだ。好きだから、つきあい始めた。でもりぃちゃんのことも好きだ。大好きだ。
こんな私は我がままなのだろうか?
「……飲む?」
私は飲みかけのペットボトルを差し出す。
「だから、彼氏とやりなさい」
その声は相変わらずそっけないのに、すこしだけ震えている気がした。
もう、戻れない。そのことにようやく気づいて、私は両手でもったペットボトルをじっと見下ろした。
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