凡百

 昼休み。陸也りくやは教室で頬杖をついて、こう思っていた。

 ……はぁ。馬鹿ばかりだ。

 教室の後方では、ぞうきんとほうきをつかって野球の真似ごとをする男子たちが騒がしい。教室の前方では、黒板にどうでもいい落書きをする女子たちがかしましい。陸也は、どちらもとても俺と同い年とは思えない幼さだ、と思う。

 陸也は、その光景をなるべく視界に入れないようにしている。その代わり、青い空を見上げている。あの空だけが俺の理解者――なんて。詩が書けるんじゃないか、と陸也は半ば本気で思う。そういう考えかたをしてるから、陸也は孤独なのだとも気づかずに。もっとも本人は、それを『孤高』と呼ぶが。

 陸也は自分が、特別だと思っている。おなじ教室の三十三人とは、格が違うと本気で思っている。

 では、陸也は他者ととりたててなにかが違うのか?

 そういうわけではない。陸也の成績は中の上だし、運動ができるわけでもない。その他、誇れる技能があるわけでもない。

 でも、俺は特別――。

 陸也は、そう思って、いつも自分に酔っている。

 自分は、特別――それは陸也のなかで、確立された疑いようのない絶対的事実なのだ。

 そういうわけで、きょうも陸也は、空を眺めて詩の文面を考えていたところだった。

 そんなときだったのだ。

「なんかさー、見てて面白いよねー。笑えるって言うかー」

 黒板の前でたむろしていた女子たちのひとりが、無邪気な声で言い出した。ぴくりと、陸也の耳が動く。

「ちょっと、聞こえるってば」

 答える女子の声も、笑っている。

「どうせあいつら聞いてなんかいないって。自分らの世界に浸っちゃってるんだから。見てよ、あいつの表情の自信っぷり。空も飛べるとか、思っちゃってるんじゃない?」

 ……俺のことか? 凡百な女どもが、この俺の悪口を言っているのか。

 陸也の自意識過剰ぶりは、こういうところで存分に発揮される。

 そして、心のなかではそういうふうに強気な態度でいても、手はぷるぷると震え、顔には怯えの色が走りはじめる。

 陸也は、自分を否定されるのがなにより苦手だ。恐怖と言ってもいいだろう。それこそが凡百なのだと、本人は気づいていない。

「だってさー。教室で野球するとか、どんだけ野球したいのって感じ。しかも、全員自信過剰みたいだしさ。笑えるー」

 ……ああ、なんだ。馬鹿が馬鹿をけなしただけか。

 陸也はほっとして、ふたたび、平穏な気持ちで空を見はじめるのであった。

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