逆説教

 ……おいおいおい。

 背後には、こうこうと光る深夜のコンビニ。「ありあとざいあしたー」というやる気のない店員の声と、きゅいいんと自動ドアが閉まる音を背後に、修也しゅうやはコンビニ沿いの道路を歩く女の子を、眉をひそめて見ていた。

 だって、彼女はどう見たって、十歳くらいの小学生にしか見えないのだ。着ているTシャツにジーンズは、たぶん、子ども服だろう。

 しかも、その上――これがいちばん、なによりいちばん修也の気にかかったことなのだが――彼女はふらふらと、まるで酔っ払っているかのように歩いていた。足を右に、左に、と思ったら横に、なんとも危なっかしい歩きかただ。

 ……まさか、ほんとうに酔ってないよな、この子。

 修也はこれでも、常識派だという自負がある。宿題はちゃんと期限内にやるし、友達同士が喧嘩してたら仲裁役になるし、目の前で酔っ払ってる少女がいるとしたらそりゃあ保護する。常識っていうのは、そういうもんだ、と修也は思う。

そこで、一歩を踏み出した。女の子は、小さく鼻歌をうたっていて修也が近づくのにも気づかない。

 近づくと、アルコールの臭いがした。こりゃあ完全にアウトだ、と修也は判断する。

「……そこの子?」

 警戒心をもたれないよう、なるべく、柔らかい笑顔をつくるように心がける。そしてじっさい、そのこころみは成功していた。

 彼女は立ち止まってはくれたが、どこまでも疑り深い目を修也に向けてきた。

「……なんですか」

 声も、予想通り幼かった。その上、舌っ足らずだ。

 修也は彼女に視線を合わせてしゃがみ込み、諭すようにして言う。

「なにがあったか知らないけど、こんな遅くにきみみたいな小さな子が出歩いてちゃ駄目だよ。お父さんもお母さんも、心配するだろう? きみの名前と住所はなに? だいじょうぶ、お兄さんが家まで送り届けてあげるから」

「……ナンパですか?」

 俺はロリコンじゃない、と思いながらも修也は話を進める。

「名前と住所がどうしても言いたくないんなら、きみの通っている小学校の名前でもいいよ。何年何組? 担任の先生はだれかな?」

「第一小学校。ただし――」

 彼女の声は、ひやりと冷たかった。

「担任は、私ですけれど」

「……え?」

「私は、もう二十五歳です。きみこそなに? まだどうせ中学生か高校生なんでしょ? こんな深夜に……いけませんよ? 親御さんが、心配しますよ? だいたいいまの若い子は……」

 その後修也は、酔っ払った彼女にお説教という名目でさんざん絡まれたのであった。

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