月を見るということ(三題噺:夕方のコンビニ、ときめく、月)
natsuki0710さんは、「夕方のコンビニ」で登場人物が「ときめく」、「月」という単語を使ったお話を考えて下さい。
「あ、月」
コンビニを出たとき、
確かに、月があった。まだほとんどが水色の空に、ぽかりと浮かぶ白い月。
「上弦の月ですねえ」
俺は長年の勉強で得た知識を、さりげなく披露する。神崎さんは、月をじいっと見つめたまま言う。
「上弦の月って、聞いたことあります。古典で教わった記憶が。弓に見立てて、月を表現しているんですよね?」
「ええ、その通りです。月は三十日周期で繰り返しますね、新月、三日月、上弦、満月、下弦、新月と。かたちが変わるわけですが、じっさいの月はひとつです。単に光の関係であるわけで」
「そのくらい知ってます」
一蹴されて、俺は苦笑いする。いやいや、ちょっと舐めてたか。神崎さんは、ただ者ではない。俺よりひと学年下、というハンデすら、こうしてたやすく乗り越える。
なんとなく月を眺める雰囲気になっているように思えたので、俺たちはコンビニの駐車場に留まる。しばらくは、なにも言わずにただひたすら空を見た。ときどきちらりとうかがう神崎さんの表情は、真剣そのものだ。俺は小さく息を吐いて、再び空に視線を戻す。
空ってそんなに、見ていて面白いものなのだろうか。俺にはわからない。空というのはただの自然現象、俺は空に対してその程度の認識しかしていない。青か赤か黒しかないし、きれいなものだと思ったこともない。しかし神崎さんは、食い入るように空を見ている。そんな神崎さんを見ていると、俺も空の素晴らしさを知ってみたい、なんてらしくもないことを思ってしまうのだ。
すこし冷える。俺は指を動かしながら、言う。
「大丈夫ですか、神崎さん。寒くないですか」
「大丈夫です」
こっちを見もしねえ。俺は再び、苦笑する。この俺がこんなにないがしろにされるなんて、ふつうはないことなのだが。
空を見るのも飽きたので、神崎さんを眺める。強い意思をもって結ばれた唇、まっすぐに天に突き刺した視線。やっぱり素敵だな、としみじみ思う。神崎さんは、天使のように麗しい。どこまでも、うつくしいのだ。
「……神崎さん。空というのは、いいものですか?」
「いいものです」
「たとえば、どういうところが?」
「たとえば、とか、説明を求めないところが」
神崎さんはさらりと言って、俺の顔を見た。端正な顔に、滲むような笑みが広がる。はかなくて、でも、とても愉しげな笑み。急なことで、俺は動揺してしまう。なんだこれ、なんでこんなにどぎまぎしてるんだ俺は。
「佐藤先輩。ありがとうございました。行きましょう」
言い終わるか言い終わらないかのうちに、神崎さんは歩き出していた。待ってください、と俺は神崎さんのあとを追う。
神崎さんの笑みが、頭にこびりついて離れない。
俺は小さく頭を振って、ああ駄目だ、と思った。俺は、きっと、この人から逃れることができない。
白い月が、いつもよりも輝いて見えた。なんて、俺らしくもない錯覚なのだろうけど。
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