高2
文芸部の新入部員(三題噺:新入部員、ゼリー、修羅場)
桜の香りが舞い込んでくる、四月の文芸部室。
「甘ったるくて、芯がなくて、崩れやすそうな物語だね。まるでゼリーみたい」
作品を読み終わった先輩部員に笑顔で言い放たれて、
周りにいる他の先輩部員たちは、目と目で会話を交わす。始まったね、言われるねこの子、可哀想に。
「だいたい退屈だよ、全体的に。単調っていうか。これもゼリーと似てるよね。そっくり。いくら読んでも新しい味が出てこない」
「すみません先輩」
堪えきれず、由紀子は手をあげた。怒りにその手は震えている。
「ゼリーを馬鹿にするのは止めて頂けないでしょうか」
予想外の言葉を言われて、先輩部員は目を丸くする。
由紀子は両手を広げて、とうとうと語り始める。
「ゼリーは一種神聖な食べ物です。あの光沢、ぷるっとした潤い、スプーンですくったときの儚さ、そして口に入れたときのあのなめらかさ。至福です。そのゼリーを甘ったるいだとか芯がないだとか、馬鹿にするにも程があります。先輩」
由紀子はそこでポケットを探り、ひとつぶのこんにゃくゼリーを取り出した。
「今ここで、謝罪してください。ゼリーに」
「いやそれは違うよ」
先輩部員はすかさず反論する。
「ゼリーなんて気持ち悪いだけ。ただ固めただけじゃん。それに比べて、プリンのあの甘美さ! たまらないね。ゼリーなんてぜんぜん及ばない。これはあなたには理解できないだろうね」
「先輩こそ、どうしてゼリーの素晴らしさをわからないんですか」
「そんなのわかりたくもない」
「言いましたね」
二人は殺気立っていた。その異様な雰囲気の中、部員のひとりが無邪気な声で言う。
「じゃあさぁ、桶いっぱいにゼリーとプリンのどっちかつくれるー、って言ったらどうする?」
「断然ゼリーですね」「プリンに決まってるよ」
それを聞いて、ふふん、と彼女は得意げに笑った。
「じつは私の家ね、風呂桶を処分するんだ。で、最後だから、プリンかゼリーかをつくろうと思ったわけ。どっちかやってあげるよ」
「それはもう断然ゼリーですね」「プリンに決まってんじゃん」
「じゃあねぇ、条件っ」
彼女は人差し指をびしっと立てる。食らいつくように、二人は彼女の顔をじっと見る。
「私が面白いと思う作品を書いてくることー。二人で勝負して、で、私が選んだほうが勝ちー。ど? 公平でしょ?」
「負けませんよ先輩」
「それはこっちの台詞だね」
「言いましたね、でも駄目ですよ。ゼリーの勝利ですから」
「ふっ、プリンをなめるな」
いつのまにか、二人は和気あいあいとライバル宣言をしあっていた。腕を組み、それを満足したように眺める彼女の腕を、彼女の友達が小突いた。
「うまいこと、収めたじゃない」
「まぁねぇ」
彼女は楽しそうに目を細める。
「文芸部も、楽しくなりそう」
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