高3

アンダー・ウォーター

 沈んでゆく。淡く光る満月はゆらめきぼやけて、手を伸ばしても届かない。届かない? 思って、小さく自分を嘲る。届くものなんて、何ひとつなかった。何にも届かない。私の手は、どこにも届かない。泡が遠く遠く、遠く地上へ昇ってゆく。小さくなって、やがては消えた。私は目を閉じる。さらりさらりと、水の流れだけが聞こえる。まっ暗で、しずかで、つめたくて、とってもつめたくて、ここだったのだ私の世界は、私がいるべき世界は、ここだったのだ。沈んでゆく。深く深く、どこまでも深く。


 良かった、こうして果てしなく、溶けてゆくことができて。消えてゆくことができて。私の手はどこにも届かないから、何にも届かないから。何に触れることもできなくて、だからこの手は温もりを知らなくて、いつだってひえびえとしていて、いつしかすべてを諦めて、だらりと力なく、垂れた。

 薄く目を開けて、手をまっすぐ天に向け伸ばす。満月は、掴めない。拳を握る。感じることができるのは、自分の肌の、硬さだけ。やっぱりね、といっそ笑ってしまう。期待するな。それだけが、私の学んだ人生訓。

 くだらない。それすら溶けて消えるのだから。


 水が私を侵食する。つんと甘く香り、全身を撫でまわし、体内に入り込んで、骨の髄から侵してゆく。私はもう一度目を閉じて、流れに任せることにする。ひやりとした水は私の体温と混じり、温もりをもつ。水を吸い、吐く。救いだった、これは、確かに救いだった。私は水と、ひとつになれた。私みたいな存在でも、こうやって包まれて包んでいっしょくたに、あたたかく、なることができたんだ、

 沈んでゆく。どこまでも、沈んでゆく。溶けてゆけば良い。伸ばした手は、どうせどこにも届かない。それならいっそ、こうしていたい。水になりたい、かたちをうしないたい。溶けたい、溶けさせて、私をどこまでも沈めて欲しい。

 吐いた息は、もう泡にはならなかった。私のなかには、もう水しかないみたいだった。泣きたくなって、でも、涙が出てるかどうかなんてわからなくて、私はただゆっくりゆっくり落ちてゆきながら、祈るように思った、

 あの満月を、掴めたら良かったのにな。

 沈んでゆく。溶けてゆく。私は消えてゆく。

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