太陽と勝負
夕暮れは綺麗すぎて気持ち悪い。その上暴力的だ、何もかもを紅色に染め上げてしまうから。あたしの身体は光に侵食されてゆく。悔しかった。圧倒的に決定的に、あたしは世界に勝てないんだと思い知らされる。あたしが出来ることなんてたかが知れている。小さな制服の中で縮こまり、授業中にぼんやりと空を眺めることしか出来ない。ああきっと、きっとあたしは駄目になる。アイデンティティの欠片も無い、画一化、みんな一緒。あたしはこのままでは太陽に呑まれてしまう。気持ちまでもが紅色になってしまう。
じゃああたしの色って何色なんだっていうとそんなの知らない。何色でもないんじゃない、なんて自嘲してみるけれど、何だこれ、究極的にかっこ悪い。あたしは何色でもない、何者でもない。馬鹿みたい、笑ってしまう。
あたしは大振りに歩く。周りを見れば全ては紅。ビルも、木々も、道路も、車も人も犬も、全てが見事に侵されている。街が呑まれる! あたしは警告したくなる。でも、誰に? そんな相手いるわけない。
ああこうして日々太陽はあたしを弄り続ける。あたしは毎日勝負に負ける。きっと向こうは勝負だなんて思ってない。あたしなんて、見えてすらいない。
犬の散歩をするおじさん、喋り散らす女子高生、はしゃぎながら走ってゆく小学生。平和だ、平和そのものだ、嫌になるくらい平和だ。あたしだってきっと確実にこの平和な風景の一部だ、ひとり帰宅する女子中学生、なんてね。おぞましいことだ。
あたしは平和なんていらない。不幸をとことん嘆いてみたい。でもあたしには、不幸な要素がない。だからあたしは不幸なんだ。ああもう馬鹿みたい。
何でこの世はこんなに退屈に出来ているのか。ドラマチックでも悲劇的でもないあたしの日常。過不足なく淡々と過ぎてゆく。青春時代は消費されてゆく。
何か、何かしなければ。あたしはいつもの焦燥感に襲われる。あたしは何かになりたいんだ。確実な何かを手に入れたいんだ。それがいったい何なのかなんて、そんなの知らないけれど。
考えながら、コンクリートの地面を眺める。ああここも紅色に染まっている、汚染されている。だいたい太陽の色ってグロテスクだ。何でみんな、夕暮れをそんなに有り難がるのだろう。
あたしは顔を上げた。光こそとろとろと溶けて充満しているけれど、太陽、その恒星そのものは形すら見えない。ずるい、何だかずるい。
あたしは太陽を睨みつける。光で目が痛くなっても、堪えて睨む。あたしはあんたが嫌い、神さまだなんて調子乗らないで。すべての力を、込める。どうしようもない憤りも焦りも不安も劣等感も嫉妬も全部込める。だいたい、だいたい、全てがどこか間違っている。それもこれも、あんたのせいだ。あんたが輝き始めなければ。それならきっと、違っていた。闇の世界こそが、きっと自然な在りようなのに。
ぐっと力を込めたそのとき、
太陽と目があった気がした。
あたしは息を呑み、口をぱくぱくさせ、そして理解する。ほくそ笑みながらもう一度俯き、もう一度、今度は勢いよく顔を上げる。
間違いない。太陽は、まだこちらを見ていた。
そこであたしは、良いことを思いついた。
路地裏にある空き地に入り、石ころを拾う。丸っこくて、ごつごつしていて、不細工な石。石ってぜんぜん、色気ないなぁ。太陽だって究極的には石なのだから、きっとほんとは不細工なんだ。
あたしは今、太陽と対峙する。
息を深く吸い、吐く。後ろに下がり、助走をつけて、
この短い間に、あたしは色んなことを思った。若いってこと。アイデンティティのこと。進路のこと勉強のこと家族のこと。やってらんない。あたしは平凡で終わりたくない。あたしは、違う。でも、何が? 慢性的な絶望。どうしようもない。いったいこれは、誰のせい? 要は責任転嫁、
そして、足で風をひゅんと切って、
蹴り飛ばした。
石ころは小さな、しかし決定的な黒点となって、太陽の中心を貫いた。
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