不登校

 私、ぎゅうぎゅうになって暮らしてます。

「おはよう」

「おはよう」

 わあすごい、今日もみんな完璧な作り笑い。当たり前だここで本気で微笑むような奴はスクールカーストの底辺に行けばいい。

「昨日のテレビ見た?」

「見たっ。じゅんくんかっこよかったよね」

 テレビの話題。ばっちこーい。その音楽番組ならどうせみんな見るだろうと思って昨日ばっちり視聴した、見たかったアニメスペシャル蹴ってまで。くそっ。でもここで文句言っちゃいけない、努力しないでどうして自分の位置を確保できる? ここで己の欲望のままアニメスペシャル見るような奴はアニメオタクの集まりの通称キモスグループに行けばいい。

「あの子たちってさあ……なんか臭そうだよね」

 文章にするなら「なんか臭そうだよね(笑)」。キモスグループの話だ。

「ねー。暗いしね」

 そこにキモスグループの一員田代たしろ洋子ようこが通りかかった。私たちは一瞬口をつぐみ彼女が通り過ぎたあとくすくす笑う。

「いつも俯いてるよね」

「あのうっとうしい髪切ればいいのに」

 結構大きい声で話してるから田代にも聞こえてるかもしれない、仕方ないキモスグループはスクールカーストの底辺だ底辺に人権はないっ。


 学校にもカースト制度がある。

 中高生の皆さんならおそらくうんうんと頷いていただけると思う、よっぽど鈍感な奴でなければ。大人である皆さんも、中高生のころの気持ちを忘れていなければきっと頷いていただけることだろう。

 おおまかに分けると、一番頂点に属するのが可愛いないしかっこよくてスポーツも万能で話がうまくて趣味が洒落てて性格が強い(あくまで「良い」じゃない)生徒たち。ちなみに勉強はできなくてもかまわない。こいつらってすごく幸運だ親に感謝するべき。きっと学校生活楽しいことだろう。人を踏みにじってこその頂点だからね。その次真ん中が顔はまあまあでスポーツも人並み以上にできてそこそこに流行にノッてて性格はそれなりに明るくて頂点に大人しく従う生徒たち。こいつらもまあまあ幸せだ。虐げられることはないのだから。で、一番下。底辺。顔はブサイクでスポーツできなくて地味で暗くて趣味は大体読書かアニメ。頂点と真ん中の平穏な暮らしはこいつらのおかげで成り立っているといっても過言ではない。何かといえばネタにされいじられ笑われからかわれいざとなればいじめられるそんな存在。ひっそりと目立たないように目立たないように暮らす彼らはさぞかし学校生活苦痛なことだろう、まあ開き直って大声でアニメの話する奴らもいるけどそいつらは負け組だ。学校生活終了。合掌、ちーん。

 そしてこのカースト制度を「スクールカースト」と呼ぶ、ちなみに私の造語ではない結構有名な言葉かな? ネットで検索かければ一発だから。私はスクールカーストの中位に属してまあまあうまくやっている。


蝶子ちょうこ、可愛いー」

 そんなの喜ばない。お世辞に決まっているこれは挨拶みたいなものだ。

「えー、恵美子えみここそ可愛いよー」

 私は恵美子可愛い!というふうに目を輝かせて言った。恵美子はまんざらでもなさそうに「そんなことないよー」とか言っていた。確かにそんなことないだろうなお前の顔だったら。こんなのに気がつかないくらいじゃおしまいだよ恵美子。

 教室の真ん中では頂点の子たちがキモスグループをいじっている。

「田代さぁん、何描いてるの? ……うわぁ、絵上手いね」

 うわぁ、のところで顔が完全に引いてたドン引きしてたそしてそれを田代たちに見せ付けてた。田代は曖昧な笑みで突っ立っている。だからお前は駄目なんだよ。ていうか学校でアニメの絵を描く時点で終わってる、そういうのは同人サイトにでも載せてコミケにでも発表してろ。

「これってあれ? 萌えー、ってやつ?」

「萌え萌えー」

 田代たちは困ったようにその場に立ち尽くしている、それを見て頂点の子たちはぎゃははは!と笑う。

 先生が来て終始そんな感じの休み時間は終わった。

 数学だった。眠気を誘う効果で定評のあるおじさん先生はたらたらと授業を進める。

「ここにエックスを代入してー、それでー、ここが2になるからー」

 意味は理解できないけどとにかくノートに黒板を写す。がりがりがりがり。ぽき。あっけなくシャーペンの芯が折れた。シャーペンに芯を入れなおしてこっそりと息を吐く。あーあ面倒くさいな家帰って漫画読みたい。うちの学校にはいないけど、不登校うらやましい。あーあ……

 その途端耳鳴りがし始めた。飛行機が頭上を通っているような耳鳴りだ。どうしようどうしよう重大な事実に気がついてしまった。

 どうして学校に来なきゃいけないんだろう。

 陳腐で言いまわされてきてる、スクールカースト底辺もしくはスクールカースト外の奴らの言い訳の定番だ。そんな疑問を自分が抱くこと自体が信じられなかった。

 でも気付いてしまったのだ。スクールカーストの底辺が嫌だ? それなら学校来なければいいスクールカーストなんて関係なくなる。こんなお世辞ばかりの騙して騙されて底辺をひたすら見下すような生活に一体何の意味がある? 私は自分がオープンなアニメオタクを馬鹿にしていることを発見した。血の気がひいた。私は絶対人を馬鹿になんかしないって小学校のころいじられていたときにあんなに強く思ったのに、そんな純粋で素晴らしい御心が学校生活で消耗し無くなってしまった。

 学校に行かないとお前の行く先はニートだぞ。ううん大丈夫私勉強まあまあできるもん、高校は不登校枠で、でも高校にもカーストあるから行く意味ないかだったら通信制にでも行って予備校行って大学行く、というかいざとなったら就職すればいいや。親がうるさいぞ。いじめられたとでも嘘をついて泣きつくさ。

 あれ、と私は思った。あれ、あれ、学校って行かなくてもいいんじゃん。

 私はその日具合が悪いと言って学校を早退し、夢の不登校ライフを始めた。


 最初の三日私は風邪ということになっていた。母親もそれを信じていたのかそれとも見抜いていたのかは知らないがあっさりと私の欠席を認めていた。

 放課後になると頻繁にメールが来た。「どうしたの?」「大丈夫?」「お大事に」「早く学校おいでよ」言い方こそ違えど内容はこのようなものばかりだった。私は返信しない、だってもう関係ないもんねムカつくあいつらに媚を売る必要もないんだ。

 四日目私は母親に告白をした。

「学校行きたくない」

 母親はああと訳知り顔でうなずいて

「そういうことってあるよね。じゃあ行かなくていいんじゃない」

 などとのさばった。私は目を見開いた。凄い。私の母親凄い。どうやら母親も不登校の経験があったらしい。初耳だった。これは血筋だろうか。

 ちなみに家には母親と私しかいない。色々と一悶着あったのだけれどまあもう昔の話だ、そんなのにくよくよ悩む時期はとっくに過ぎ去っているから私の家は基本的にとても平和だ。


 そして本格的に私の不登校生活が始まった。アニメ見て深夜三時くらいに寝て起きるのは十二時過ぎ、勉強だけはしなさいと母親に言われているというか約束したので一時間ほど勉強、あとは適当にパンとか食べながら一日中パソコン飽きたら読書。わあこれっていわゆるニート!? なんて優雅な暮らしなんだろう! この味をしめるともう学校には行けないね。

 何か嫌な夢を見たということは覚えているのだけれど内容は思い出せない。頭が痛む。寝すぎたときのあの鈍痛だ。私は時計を見た。しまった、もう二時だ。さすがに昼間の二時まで寝ていると私は世間から取り残されているのだなぁということを痛感する。

 不登校を始めてからもうすぐ二週間がたつ。することは沢山あった、学校のせいで見れなかったアニメを動画サイトで一気に見て積んでおいた漫画とゲームを消費してインターネットを何時間もやった。忙しくて仕方ない。

 窓の外から小学校の低学年くらいだろうか子供がはしゃぐ声が聞こえてくる。そうかもう小学校は終わりの時間か。まともな子供たちの一日の終わりの時間に私の一日は始まる。なんて不健康で素敵なんだろう。

 私はしばらくベッドの中でうだうだしていたが意を決して起き上がった。そしてまずしたことはパソコンの電源をつけることだった。今日も動画見るぞ掲示板に書き込むぞ。

 掲示板にニートを説教している記事があった。ああ私のことかもしれない。でもみんなどうして昼間の三時に書き込みしてるの、仕事の合間にネットしてるの? それとも?

『いじめられたって学校に行け。それだけのことで将来台無しにするなんて下らない』

『いじめはいじめられるほうにも原因がある』

 特にいじめられたわけでもない不登校の私はどうすればいいのだろう。と思ったらいい書き込みがあった。

『ただのサボりの奴は最低だ。死ね』

 そうかぁ学校行ってないと死ねって言われちゃうんだ。まぁ当たり前だよね。


 そんなことばかりやっていたらまた二週間が過ぎた。私は遅く寝て起きて好きなことをする生活を繰り返した。まるで貴族だ。仮初だけど。


 何の目的もなくネットサーフィンをし続けて、面白いサイトが見つからなくて私は電源を落とした。伸びをするとあくびが出る。

 退屈だ。暇は少しだけあるからいいのだとどこかで見た言葉を思い出した。自分が少しずつ腐っていくのがわかる、あくまでボーイズ的な意味じゃなくて。頭の芯が溶けて外にどろどろと出て行くような、体が強張って永遠に動かなくなるような、そんな感じ。充電しすぎると熱がこもりすぎて腐ってしまうのだろう、過充電だ。

 初めてぞっとした。部屋の中にゴキブリが住んでいることを発見したような寒気だった。私はこのままこの換気もしてないから空気がこもっている狭い子供部屋で朽ち果てていくのだろうか。この寒気は友達のメールより担任の励ましより効いた。

 私は学校に復帰することにした。それを知った母は特に面白そうな顔もせず「そう、よかったじゃない」と言った。

 どうして学校に行かなくちゃいけないんでしょうか。その真理みたいなものを私は見出せていない、でも私に限っては言える、カーストの中でぎゅうぎゅうやっていくのが私には合ってるんだと。一ヶ月行かないだけで怖くなるような人間は不登校に向いていないんだ。結局学校に行かなきゃいけない理由なんて人それぞれだ。彼または彼女が学校に行く必要なんかないと思ったら本当に必要ないのだ、きっと。将来に責任持てたらの話だけど。

 こうして私は社会に組み込まれていく。でもそもそも社会って何?

 うわぁ、子供っぽい考え。


 久しぶりに足を踏み入れた校舎はやっぱりくすんでいた。

 教室に私が入ると視線が集中して一瞬沈黙してすぐ散った。

「蝶子、久しぶり。大丈夫?」

 カースト中位の生徒たちつまり私が仲良くしていたグループの奴らが話しかけてきた。はっ。いきなり大丈夫?ときましたか。

「メールの返事こないから心配してたんだよ。どうしたの?」

 ああみんな聞いてる聞いてる。読書しているふりを喋っているふりをしながら耳をそばだてている。

「ごめんね。ちょっと調子悪かったんだ。もう全然元気だよ」

 私は笑顔を作った。そっかよかった、と彼女たちも笑う。

 その笑みを見て私は凍りついた。

「無理しないでね」

「そうだよ、無理しないでね」

 私を見下している。この笑みはキモスグループとかに向けられるべきものだ、憐憫の混ざった嘲笑に近い微笑。

 そこでチャイムが鳴ったので、彼女たちは席に戻っていった。

 一時間目が終わったあとの休み時間、カースト上位の男子が話しかけてきた。普段なら用件以外絶対に喋らないような、全然親しくない男子だ。

蟻川ありかわさん」

 口だけを変に歪めて男子が話しかけてきた、この時点で違和感に気がついていた。私はさん付けでは呼ばれないはずだった。それは寧ろ光栄なことなのだ、さん付けされるなんて距離を置かれて遠まわしに暗いとレッテルを貼られているものだ。

「どうして学校来なかったんすか」

 敬語。まずいなと思った。同級生で敬語なんて慇懃無礼、というかただの無礼だ。俺はあなたを馬鹿にしてます、と言っているようなものだ。

「ちょっと具合悪かったの。風邪みたいなもん」

「ふうん、そうなんすか」

 男子はそれだけ言うと自らのグループの輪に戻っていった。

 私は真っ直ぐ前を見据えて座っていた。……座っている?

 以前は休み時間になると仲良くしていたグループの例えば恵理子とかが話しかけてきた。だから休み時間ずっと座っているなんてことは無かった。今日は誰も話しかけてこない。どうしよう、ますますまずい。立ち上がって恵理子たちに話しかけようか、いやそんなの駄目だ怪しすぎる。

 恵理子たちがトイレに行ったのが視界の端に映った。きゃいきゃい騒いで私のことなど眼中にも無いようだ。

 もう理解した。いくらなんでも甘すぎた。しまったな、また不登校か、と私は思った。



あとがき

 カーストってすごいよねー


 また最後に不満……

 積み上げていくしかないのかな


2008/02/27

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