冥王星人
私は昔冥王星人だった。同級生、先輩、後輩、つまりは同じ学校の生徒に何回も言いふらした。
「私冥王星から来たんだよ」
彼または彼女——主に彼女だったが——は「え?」と聞き返すかもしくは「えー」と笑った。
「あ、信じてないでしょ。ほんとだよ。冥王星は人口が少ないんだ。それで私が地球に派遣されたんだ」
と作り話を繰り返した。分別ある生徒はそこで適当に話を合わせたが、興味本位か私にボロを出させるためか質問をしてくる者もいた。
「冥王星ってどんなところ?」
「寒い?」
「冥王星とか遠くない?」
私はそれに、
「冥王星は水が豊かな国だよ。みんな仲がとてもいいよ。でも人がいないから水を持て余してるんだ。地球の人に分けられたらいいなって思ってるんだ」
「もとは寒いけど、空調設備の機能が整ってるから暖かいよ」
「遠いけど、最新テクノロジーがあるから。テクノロジーで速いんだ」
と一々返事をした。
そして私がみんなからもらった評価といえば、好意的には
「
現実的には
「西さんって変わってるよね……」
といったものだった。
私を面白がる生徒はいたが実際私の友達というのは少なかった。いつも一緒に帰る相手を友達と呼びえるのなら彼女たちがそうだった。
ひとりはめがねをかけ、ひとりは背が低く、ひとりはひょろりと痩せて背が高かった。
ある帰り道、
「あーあ、太っちゃった。痩せたいなあ」
と、ひょろりと痩せている
「そんなことないよ、全然痩せてるじゃん!」
「それ以上痩せたらヤバいって」
と二人はたちまちフォローに入った。
私は二人のあとに、
「そうだよそうだよ。冥王星じゃそのくらいガリガリすぎてヤバいよー」
と言った。
めがねの
よくこういうことがあった。私は真面目に考えて冗談を交えて答えているつもりなのに、みんなは苦笑して黙り込む。
「だってね、冥王星じゃ中学生の女子が平均80キロなんだよ。豊かだからみんな太ってるの。私はほら、80キロもないから、それで痩せてるーとか言われちゃって、ギネス登録されそうになって……」
あはは、と祐樹が言った。あはは、という言葉を棒読みしたようだった。背が低い
反応がいまいちだ。どうしよう。笑ってくれないとだめなのに。
「そのときね、隕石が地球に落ちたからよかったんだけど、そうじゃなかったら、ほんとヤバかったよ……」
笑って、笑って、笑って。
「だってね、だって……えーと……」
話が続かなくなった。
「へぇそうなんだ」
亜衣が言った。きっぱりとした言い方だった。相槌というよりは、何かを断るような言い方だった。
間髪入れず亜衣は喋る。
「ところで昨日のテレビみた?
「あーやっぱり? 見たよね!」
「かっこよかったよね! もう即録画だったし!」
たちまち場は盛り上がる。私も合わせて笑うが、そのタレントは名前を聞いたことがあるくらいで顔さえ知らない。
楽しそうに喋る三人を横目に、私は思った。
まただめだった。いや私が悪いんじゃない、みんなが悪いんだ。だってこうする他にどういう手段がある?
どうして私が喋ると沈黙になるのか、薄々は感づいていた。でもそれを認められるほど、私はまだ大人ではなかった。
帰りの挨拶をしたあと、私たちは大抵亜衣の席に集まる。私の席は窓側の一番後ろ、亜衣の席は廊下側の三番目と遠かったので、私はいつも亜衣の席に行くのが一番最後だった。
私はマフラーをつけ、小走りで亜衣の席に向かった。三人は楽しそうに談笑していた。
「お待たせー! ねえねえ何の話してるの?」
三人は黙って私を凝視した。その目には少なくとも好意は含まれていなかった。
流石の私もその雰囲気は察知した。だからこそ場を盛り上げようと、
「えー何? なんでそういう反応? 私が冥王星人だから差別してんのー? ひっどいー」
と笑った。誰も笑わなかった。
「行こう」
と亜衣が言って、三人はさっさと歩き始めてしまった。
「……えー」
と私は笑いながら言ったが、頬が引きつっているのがわかった。
「西ちゃんシカトされたのー?」
と、賑やかな女子たちがくすくす笑っていた。
耐え切れなくなり、早足で教室を出て亜衣たちを追った。
「ねえなんでシカト? ねえねえ、やっぱ私が違う星から来たから? ねえ亜衣〜」
三人は顔を見合わせ、そして真剣な顔で私に言った。
「話があるんだけど」
そして私を人気のない教室へ連れて行った。
「……それ、やめたほうがいいと思うよ」
最初に言葉を発したのは、いつもは静かな裕樹だった。
「うん、てか、それやめられないんなら、悪いけど私たちあんたと帰れない」と、亜衣。
「え、それって、どれ……」
この期に及んで笑ってしまう自分が愚かしい。
三人は沈黙した。
「その、違う星から来たとか、そういうの」と祐樹。
「だって私実際冥王星から来たんだよ、たとえば、」
「……それ。空気、読めてる?」
うんざりしたように美奈が言った。
「とにかくうちら、今日からあんたと帰りたくないから。ね、亜衣、祐樹?」
祐樹は躊躇して、亜衣はきっぱりと頷いた。
「そういうことだから。一緒に帰りたいならそれ治して。じゃあね」
三人は去っていった。
冷たい教室の中で、私は笑いを張り付かせたまま立ち尽くした。
次の日から私は孤立した。三人以外に友達と呼べる人はいなかった。
昼休みどこに行くか迷ってうろうろした末、トイレの個室に立てこもった。
何分か長い時間がたったあと、きゃあきゃあと声が聞こえてきた。賑やかな、スクールカーストのてっぺんにいるような子たちだった。私を「面白ーい」と評価してくれていた子たちだった。
「西ちゃんの話聞いたー?」
「あ、聞いた聞いた。遂に亜衣ちゃんたちからハブされたんだってねー」
「まあ、あれじゃしょうがないよね」
「ていうか冥王星って何! ウケるんだけど」
きゃははは、と彼女たちは笑った。人を馬鹿にした笑い方だった。
私はその場をただ黙ってやり過ごし、トイレが静かになると泣いた。
あとはなんてことのない後日談だ。
私は学校に一週間通ったあと、不登校になった。二ヶ月ほどで復帰したが、二ヶ月後の私の中に、あのふざけた私はもう存在しなかった。亜衣たちとはその後一回も話していない。廊下ですれ違うときに少し気まずいだけだ。
不登校になっていた時期、鏡の前で言ってみた。
「私、冥王星人なんだよ」
鏡がぐにゃりと歪んだ。
あとがき
根がとても暗い人間が無理に人に媚びるとこうなる、つまりこれはその結果だろう。
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