ある少女の遺書

(乱れた字で書いてある)


 私は幼少の頃より、自分が人間であることがどうしても信じられませんでした。

 実際幼稚園のときは自分は人間ではないと確信していて、自分だけは死なないと思っていました。母方の祖母が死んだときに、

「おばあちゃん死んだんだね」

 と私が言うと、

「人間はみんな死ぬんだよ」

 と、母は涙ぐんだ目で言いました。

「じゃあ、私は死なないね」

 と言うと、「何言ってるの」と軽く流されました。

 そしてもうひとつ、私が生涯にわたっていやだったのが生存するための行為でした。食べる、寝る、ということの、人間にとっては当たり前の行為です。いや、というよりもうただただおぞましかったのです。だって、食べる、寝る、なんて動物のすることじゃないですか。「私」である私は、客観的に人間を見つめている私だけは、そんな動物的なことをしたくなかったのです。

 小学校三年生くらいのときだったでしょうか、私は断食をしました。ずっと部屋にこもって、母がどんなに言っても、遂には父が怒鳴り散らしても、何も口にしなかったのです。排泄も我慢しました。人間である私の肉体は、もちろん悲鳴をあげました。でもそれに耐えれば、私はただ私である、肉体など関係ない理性だけの存在になれると信じきっていました。

 結局二日後に、救急車で病院に運ばれました。

 その後の小学校生活を、私は怠情に過ごしました。学校に友人がいるわけでもなく、本にも楽しみを見出せず——だってそれらはみんな人間が書いたものなのですから——私はただただ、自分自身が人間として生まれついてしまったことを、いえ、動物に生まれたかったという意味ではなく、肉体をもって生まれてきてしまったことを呪っていました。理性だけの存在になれたら。私は、卒業文集にただ一言こう残しました。

 中学にあがる前の春休み、どうしてもこのつらさに耐え切れなくなった私は、人間の中では一番信用のおける母に、遂に本心を打ち明けてみました。

「私はどうして人間なの」

 後日母が持ってきたのは、精神病院のパンフレットでした。私はもう二度と母に相談などすまいと決心しました。

 そして私は今、中学の一年生が始まったばかりですが、この地獄から抜け出す方法を見つけました。どうしてこんな簡単なことに気がつかなかったのだろうと不思議です。

 肉体を消滅させればいいのです。死ねばいい。そうすれば、私は「私」のみの、「理性」のみの存在になれる!

 肉体だけ消えてくれればいいのです。私は、私という存在自体は、生き残りたいのです。ここまで私を苦しめた、人間であるおぞましい肉体ですから、もうぺちゃんこにつぶしてやるつもりです。

 そして私は、電車に飛び込むことに決めました。電車に飛び込んだ人間の体はばらばらになると聞いたからです。

 はたして間違っているでしょうか?

 私はそうは思いません。

 私は死んで、理性のみの存在となります。

 どうして私は人間として生まれついてしまったのか、それだけが不思議でなりません。最初から私という理性のみの存在であったらよかったのに。

 まあ、こんなのもおしまいです。

 ではこの最低な世界に別れを告げます。


 追伸 この遺書を読んだ人へ。どうか、あなたも気がついてください、人間であることの恐ろしさに。

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