間引かれた男の呟き

 まわりにいる奴らは今日も石を積んでいる。ひとつ積んでは父のため、ふたつ積んでは母のため、って。馬鹿らしい。そんなのやってられるか。

 俺は間引かれた子供だ。……この間引かれたって言い方何か気に入らない。俺が間引かれたことに俺自身の意思が全く介在しなかったみたいじゃないか(実際そうなんだけど)。間引きされた、と言うことにしよう。文法的におかしい? そんなこと気にしてると禿げるぜ。

 俺が生まれたのは、少々しきたりとかにうるさい和風の大きな家だった。偉い婆さんが住んでて、何かあると一族中が集ってくるような家な。出産のときには親戚がずらりといた。

 俺は婆さんの孫だった。つまり跡継ぎだ。一族中の注目が集まるのもまあ納得だ。

 ただひとつ問題があった。俺たちは双子だった。俺があとに出てきて弟となったから、そいつは俺の兄貴となる。

 俺たちは母親の腹の中にいるときからよく話し合っていた。

「僕たち双子だね」

「双子だといけないってみんな言ってるね」

「どうして双子だとだめなのかな」

「さあわかんない。でもどうしてだろうね」

「どうしてだろう」

「とにかく『まびかれ』ちゃうんだね、僕たちのどちらかが」

「そうだね」

「ねえ、僕たちどっちが『まびかれ』ても恨みっこなしにしようよ。僕たち兄弟なんだから」

 こう言ったのは兄貴のほうだ。こういう会話を思い出すと、やっぱり兄貴は兄になるべくしてなったのかなとも思う。

 俺は兄貴に、

「うん」

 と力強く返事をした。

 生まれるときの俺たちの戦いは熾烈だった。先に出て行ったほうは跡継ぎ。遅れたほうは間引き。先に出口に辿り着いたときの、兄貴のあの勝ち誇った笑みは今でも忘れない。

 そして結果的に俺が間引きされ、俺は兄貴を恨んでいる。

 兄貴は何年かすると俺の存在なんかすっかり忘れてしまった。跡継ぎとして教育され、裕福で何の不満足もなく、学校で沢山友達を作り、家族に愛されて育った。十五歳の誕生日に俺の存在を初めて知って驚愕していたくらいだからな。それから兄貴は墓参りに来たが、今更そんなの嬉しくない。

 墓参りには母親も同行していた。母親は俺の誕生日——つまり俺の命日だ——に毎年欠かさず参っている。母親は俺の墓の前に立つたび涙ぐんで、心の中で何回も俺に謝る。

「これが俺の弟の墓?」

 墓の前で兄貴が言った。

「そう。あなたの弟の墓」

「……運が悪かったんだな、こいつ。一歩違えば、俺が今この中に入ってたんだよな」

 母親は悲しそうに微笑んだ。

「正直俺じゃなくてよかったよ、こいつには悪いけどさ」

「そんな不謹慎なこと、お墓の前で言ってはいけません」

「だって、生まれてすぐ死ぬなんて、何のために生まれてきたかわかんないじゃん」

 やっぱり双子だな、と俺は苦笑した。

 俺も同じことを思っている。人生には意味がある、必ず何かの教訓を得るために生まれてきたとか言う奴らがいるけど、そういう奴らに問いたい。

 俺みたいな人間の人生には、一体何の意味があったんだ? 生まれてすぐ、もしくは腹の中にいるときに殺される子供なんて五万といる。そいつらの人生は何だったんだ? 何の教訓を得られたんだ? 人生は儚い、なんていう言葉にすれば美しい戯言か?

 間引きされて死んだ子供が石を積み上げた、と思ったらまた崩れた。こいつらは自分を殺した両親のことを想って石を積んでいる。馬鹿みたいだ。

 俺は絶対に石なんか積まない。兄貴が死んだあと、あいつを地獄に引っ張りおろしてやる。






あとがき

 ほんと、何の意味があるんだろう。

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