第4話物語の観察者
街路樹がクッション代わりになり、あの高さから飛び降りたにも関わらずどうにか命を取り留めることができたようです。左腕もつなげることには成功しましたが、恐らく元通りに動かすことはできないでしょう。
ドアの外側から医師の説明する声が聞こえる。
いったいどれくらい眠っていたのだろうか。
まるで時間の感覚がない。
ありがとうございす、先生。
嗚咽まじりにそう答える母親の声がする。
母親の声を聞き、勝手に涙が溢れてきた。
やはり誰かを悲しませるのなら死に逃げるべきではなかったのか。
少年には肉親が母親しかいなかった。
父親とは自分が産まれたときに別れたらしい。
はっきりとした理由はきかされていないが、どうやら父親だった男性から暴力を受けていたようだ。
なぜなら、母親の体にはいまだに消えない傷があったからだ。
父親の話を少年はひとつもきいたことはなかった。
包帯だらけの自分の左腕をみつめる。
感覚はひとつもなかった。
どんなに力をこめてもピクリとも動かすことができなかった。
小指の先ひとつ動かすことができなかった。
自嘲し、動くほうの右腕で涙をぐいっとぬぐった。
一度視界が暗くなり、腕をどけると見知らぬ男が自分の顔を覗き込んでいた。
男は眼鏡をかけていた。ロイド眼鏡という丸型の眼鏡だった。
ひっと悲鳴をあげかけたが、男は手のひらで口をふさいでしまった。
うーうーと唸ることしかできない。
「おどらかせてすまないね。新しい王権の守護者。こんなことをいうのもなんだが怪しいものじゃないよ」
まだ若い男の声だった。
若いといっても自分よりは年上だろう。
二十代なかばといったところか。
「帆村明人くんだね」
男は言った。
少年は頷く。
「手を離すから、叫ばないでね」
ゆっくりと男は手をはなす。
呼吸が楽になった。
息を一つ吐き、明人はきいた。
「あなたは誰ですか」
妙に少年は落ち着いていた。
王の力を宿した者の余裕がではじめているのかもしれない。
「僕はね、パラケルスス・ホーエンハイム。錬金術師の末裔だよ。観察者と呼ぶ人もいるけどね」
男は名乗った。
手にもっていたソフトハットを浅くかぶる。良く見ると男はコートを着ていた。インバネスコートと呼ばれる種類のものだ。
黒い帽子に黒いコート。
不気味な男であった。
「な、なんのようですか」
どうにか息を吐き出し、秋人はきいた。
「新しい王に挨拶でもと思ってね。僕もね義眼の王ほどではないけど見ることは得意なんだよ。君たち九人の王たちの物語を先祖代々みてきたのさ。復讐を願う炎の王はどう動くのか、楽しみにしているよ」
そう言うと男は立ち上がり、ソフトハットを胸にあてた。
芝居ががかった動作だった。
「だかね、個人的な思いなんだか復讐の果てには何がのこるのかな。よく考えて行動することだ。面白い物語を期待しているよ」
会釈し、ホーエンハイムと名乗った男は病院の部屋からでていった。
後には嘘のような沈黙だけがのこった。
彼が立ち去った後、少しの間、左腕がうずくように熱くなった。
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