第2話対価と代償

救急車の車内で、もうろうとする意識のなかで少年の脳内では記憶が走馬灯のように駆け抜けていた。

これって死ぬ前に見るやつじゃないのか。

薄れ行く、途切れる意識のなかで彼は思った。

「心配するな、貴様は死なんよ」

林檎の声が頭の中に響く。

「そういう契約だからな。だが、対価として貴様の左腕をもらった。その代償として貴様には王の力がやどることになる。今は眠るがよい。次に目覚めたとき、どのように生きるか、貴様自身で決めるがよかろう」


はっと気がつくと少年はドラッグストアーにいた。

それは少し前の記憶だった。

彼はこのドラッグストアーで商品を窃盗するように命じられ、ここにいた。

「シャンプーとってきな」

それが彼を虐待するグループのリーダーからの命令だった。

「理恵、それいいね」

取り巻きの一人がそう言い、賛成した。

断ればもっとひどいことをされるだろう。

命じられるままに動いて、もし捕まれば、彼の将来はどうなるか分からない。

どちらを選択しても最悪の結果だけが予想された。

少年は手に女性用のシャンプーを掴んでいた。

レジにはカゴいっぱいにチョコレートやクッキーなどのお菓子類を大量に詰め込んだ女性が立っていた。

銀色の竜柄のスカジャンを着た小柄な女性だった。

おそらく身長は150センチぐらいだろう。

ボブカットに切れ長の瞳が印象的で端正な顔立ちの女性だった。

カゴに詰められたお菓子の量はとても一人分とは思えなかった。

レジにいる店員はその彼女が購入するお菓子への対応に必死になっていた。

今ならいけるかもしれない。

そう思い、少年はシャンプーをカバンに入れ、店をでた。

少し歩くと、少年は呼び止められた。

遠くのほうで彼を見る嘲笑の視線を感じた。

彼をいじめるグループがその光景をみて、笑っていた。

少年は震えながら、振り返った。

「お客様、精算がお済みでない商品をお持ちですよね」

レジにいた店員とはべつの店員がそこに立ち、そう言った。


あれ、おかしい。


記憶が一度そこでとぎれる。


もう一度気がつくとやはり、ドラッグストアーの店内にいた。手にシャンプーを持ったままだ。

真横に視線を感じる。

右手にお菓子を詰め込んだ買い物カゴを持ち、左手には銀色の懐中時計を持っていた。

頬が赤くなり、すこし、息切れしていた。

「あんな奴らのいうことなど、きく必要はない」

はあはあと息をきらしながら、その女性は言った。

その姿を見て、妙に色っぽいと思ってしまった。そんな考えを見ず知らずの女性に感じてしまい、少年は羞恥心を覚えた。

懐中時計をスカジャンのポケットになおすと、その女性は少年の手からシャンプーを力ずくで奪い取り、商品棚に戻した。かなりの腕力で逆らうことはできなかった。

「ちょっと待ってな」

背の低い彼女がそう言うとレジで会計をすませ、戻ってきた。パンパンに膨れ上がったレジ袋を左腕にもち、少年の腕を空いている右手でつかみ、引きずるように店をでた。

彼女と一緒に店を出ると、少年を見張っていた視線は消えていた。

レジ袋からチョコバーを一本取り出し、彼に手渡した。同じものを彼女も取り出し、バリバリとあっという間に食べてしまった。

いつの間にか少年の手のひらにはチョコバーと一緒に名刺も握られていた。

チョコバーの袋を開け、一口かじった。チョコ特有の強い甘味が口に広がった。

「私は神宮寺那由多、探偵さ」

名刺には同じ名前が刻まれていた。


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