第51話 妹だけど

 関係者の方に家まで車で送ってもらう間、車内は静寂に包まれていた。

 新菜はずっと窓の外を眺めているけどなんだか落ち着かないのか時々目線だけがこちらを伺っている。

 俺はと言えば新菜をまともに見る事すら出来ないのだから会話が出来る筈もなく家に辿り着いた。


 「はい着きましたよ〜。今日はお疲れ様でした。すごい人気でしたね!ではまたよろしくお願いします」

 「こちらこそ送っていただきありがとうございました。おつかれさまでした」

 「ありがとうございました。お疲れ様でした」


 無事に家まで送ってもらいふたりっきりになる。


 「熱気と緊張で汗がびっしょりだな。先にシャワー浴びたらどうだ?」

 「私は後で大丈夫だよ。お兄ちゃん先に入っていいよ」

 「お互い汗だくだし俺はゲストルームの方で浴びるからいつもの方は使っていいよ」


 うーんやっぱり気まずい。

 あれこれ考える前にとりあえずシャワーでも浴びてさっぱりするとしよう。

 

 うちのお風呂はハッキリ言って大きい。

 建物自体が外国仕様の洋風の屋敷みたいな感じなので、ゲストルームも完備している。

 人生の半分以上は外国で育ってきたので、洋風の方がみんな落ち着くのだ。

 ふたりで住んでるから贅沢だよな。


 ゲストルームの浴室はシャワーブースとお洒落な浴槽が別々にあるタイプである。

 シャワーブースに入りシャワーを浴びている時だった。

 頭がシャンプーでいっぱいになり髪を洗っている時に、今日の事を思い出していた為まったく気付かなかったのだろう。


 「パタン」


 頭をシャワーで流そうと思った時に、急に背後で人の気配がしたのだ。目にはシャンプーが入ってしまうので開ける事が出来ない。

 こんないたずらしそうなのは、メイドの幼なじみくらいしか思い浮かばない。コイツはまた……ちょっと脅かしてやるか。メイド服は濡れてしまうだろうが何着も着替えはあるだろう。いつも驚かされてるからたまにはいい薬だ。


 俺は背後の気配にいきなり抱きついてやる。

 ポンコツのアイツは昔から俺に弱いらしい。グイグイ来る分、逆に攻められるとダメなタイプなのだ。


 「キャッ!」

 「うわ!ごめん」


 抱きついた相手の悲鳴の声が違う事に気付いた。

 なんで新菜がここにいるんだよ?

 さっき俺が言い間違えた?

 そんな事はこの際どうでもいい。いやよくないけどこの状況に比べればーー

 そう。俺は目が見えない状態で裸のまま抱きついてしまったのだ。しかもーーーーー


 抱きついた相手の新菜も恐らく99%はこの生暖かい感触と俺のみぞおちあたりに当たる二つの突起から裸だろう。


 ……って冷静でいられるわけないじゃん!

 高校生の男子だよ?さっき初めてのーー


 「い、いきなりでびっくりしたけど後ろ向いて。頭と背中を洗ってあげる」


 いくら家族でもみなさんのご家庭では決して真似しないようにね。ぴー!

 それはともかく……

 

 びっくりしたのは俺の方なんだけど!?


 頭を優しく洗ってくれる新菜の手は心地良い。

 これが普通の状態なら気分よく寝てしまうところだ。

 今はドキドキが止まらないんですけど。


 「一緒に出たショーの事……なんで何も言ってくれないの?」


 来たか……誤魔化せるとは思っていなかったけどこの異常なシュチュエーションで?


 今日のショーの際中に照明が消える演出の時だった。

 照明が消えると俺と新菜はキスするフリをするはずだった。照明が消え俺と新菜の顔が近づくと恥ずかしくてたまらない。

 新菜は相変わらずいい香りがするなと思った矢先ーー


 俺たちはーーーーほんとにキスをしていた。

 演技ではなくフリでもなく新菜の方からキスをしてきたのだ。そして俺も驚きながらも……キスを拒む事なく受け入れていたのだ。


 「新菜がどんな気持ちでキスしてきたのか考えていた。まったく分からないままだけど……少なくても俺のファーストキスは新菜だ」

 「わたしのファーストキスもお兄ちゃんだよ」


 それを聞いて俺は安心すると同時に……心を止める手段を失っていた。

 

 「俺は……新菜が初恋の相手なんだ。気持ち悪いと思われても仕方がない。新菜が大好きだ」


 あーやっちまった。

 もう一緒に暮らす事も出来なくなるかもしれない。

 新菜からの返事を待ってもなかなかかえってこない。


 すると……急にシャワーの音が鳴ると頭にはお湯がかけられシャンプーを流していく。


 全てのシャンプーが落ちて目を開けると新菜が生まれたままの姿で目の前に立っていた。

 やっぱり天使のように美しい……


 「あーあ。お兄ちゃんはやっぱり私がいないとダメだね。決め台詞とかプロポーズは相手の目を見て言わなきゃダメだよ。わたしもお兄ちゃんが大好きです」


 そして俺にそっとキスしてきた。


 父さん母さんごめん。約束守れなかったよ。


 俺はずっと小さな頃からアメリカに住んでいた。

 そして……両親が事故に遭い俺は突然ひとりぼっちになってしまう。駆け落ち同然で日本からアメリカへやってきた両親に頼れる親族もおらず孤児院に預けられた。

 その時に出会ったのが、幼なじみの美香なのだ。

 孤児院での生活が1年過ぎるとやがて、父の親友と名乗る人が現れた。

 どうやらずっと俺を探していたらしい。

 親友との約束でどちらかの身に何かあったらお互いの家族を助けあおうと誓っていたそうだ。

 運悪く両親共に事故に遭った為、連絡が途絶えて俺を探し出すのに時間がかかっていたのだ。


 「さあ今日からは僕がお父さんだよ。そしてみんな家族だ」

 「そんな事を言ってすぐに僕のそばから誰もいなくなっちゃうんでしょ?僕は1人で生きていく」


 これがミスターゼロのルーツである。


 そんな俺に孤児院で唯一の友達の美香の面倒を見るからとにかく一緒に暮らそうと提案されたのだ。

 

 そして家に招待されるとそこにはーー

 言葉を失うほどの可愛らしい天使がいた。

 小さな少年は目も心も一瞬で奪われてしまったのだ。


 小走りで駆け寄って来るその天使は僕に抱きつくとーー


 「オニイチャン!」


 屈託のないその笑顔を見て自然に涙が溢れ出る。


 「勇樹は今日から新菜のお兄ちゃんだよ。ずっと妹を守ってあげてくれるかな」


 「うん」


 こうして俺は1人ではなくなったのだ。


 大切な家族。そして世界で一番大事な妹ができたのだ。


 「ママから……ママから美香ちゃんに海に行く前から連絡が来てたの。美香ちゃんが私たちの変化に気付いて報告していて。私はママとパパにも気持ちを伝えていたの」

 「でも俺は……」

 「お兄ちゃんこれを読んで見て」


 それは亡くなった父親から父さんへの手紙だった。

 その手紙を読んで俺は驚きを隠せない。


 その中の一部に釘付けになってしまったのだから。


 そこにはこう書かれている。


 「いつか俺の息子とお前の娘が出会って恋にでも落ちたらその時は優しく見守ってくれ。許嫁なんて古いから運任せだがな。そしたら俺たちも晴れて親戚になるのか?みんなが家族になれたら最高だよな。将来が楽しみだな」


 いなくなってもずっと俺を見守っていてくれたんだ。


 俺は涙が止まらなかった……


 

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