第50話 ガールズコレクション

 「じゃあ勇樹くんはこれを着て、新菜ちゃんをエスコートしながら登場してね」

 「はい。ご迷惑をおかけするかもしれませんがよろしくお願いします」

 「そんな緊張しないで大丈夫よ。いま話題のふた……とにかくお客さんも楽しみにしているからふたりも楽しんでね」


 どうしてこんな表舞台に立つのだろう。

 ガールズコレクションと聞いて女性の為の祭典だから、俺はてっきりその他大勢の中に紛れてのエキストラ出演だと思いこんでいたのだ。


 「うわーお客さんはほとんど若い女子ばかりだね」


 新菜が言うようにモニターに写っている観客席には関係者以外はほとんどが若い女の子ばかりだったのだ。

 

 「さすが小さな時に母さんに駆り出されてショーに出てたから落ち着いてるな。俺は緊張しすぎて朝の食事も喉を通らなかったよ」

 「ちょっと前のお兄ちゃんならみんなの視線もスルー出来たのにね」

 「まあほとんど無名の俺たち、特に俺が出たところで注目を浴びる事はないけどな。俺のせいで注目を浴びれなくてごめんな」

 「クリスマスの恋人のように歩く役だから注目とかいらないから私はすごく嬉しいよ」


 くぅ〜愛らしい事を言ってくれる。

 緊張をほぐす為に言ってくれてるのだろう。恥ずかしいのか新菜の頬が少し赤く染まっている。

 可愛すぎてどうしようもないな……


 「よろしくお願いします〜!」

 「今日はよろしくね〜」


 またモデルの先輩たちが声をかけてくれる。

 来た時からすごく声をかけてくれるけど、普通は新人の俺たちが先に挨拶しなければいけないんじゃないか?

 主宰者の人たちもデザイナーの人も必要ないって言われたけど厳しい業界で後でいじめられないよね?

 

 やたらとモデルの子たちに握手を求められるし、男のモデルは俺ひとりみたいだし。

 あ!よくテレビで見るドラマも主演で出てる人まで近づいて来た。

 こ、怖い。ラスボスの合図でもしかしていじめが始まるのかもしれない。


 「勇樹くんと新菜ちゃんね。そんな怖い顔しないでリラックスしていいのよ。ほらコチコチじゃない」

 「ヒャ!!」


 突然肩を優しく揉まれてつい変な声を出してしまった。


 「若くて綺麗な顔してるし初々しくてかわいいうふふ」


 こ、これも新しいタイプのいじめなのだろうか……

 うっ!新菜よお兄ちゃんはいじめられているのになんでそんなに顔が引きつっているんだ?助けてくれー


 「じゃあまた後でね!2回目の時は一緒に出るように頼んできたからよろしくね〜」

 「えっ!?急に言われても着る服が……」

 「最初から何着か用意してあるみたいよ。じゃあよろしくねー!」


 た、大変な事になってしまった。

 ちょこっと出るだけのはずがどうしてこんな事になってしまったのだろう。自信がなくなってきた……


 「お兄ちゃんなら大丈夫だよ。心配なら……緊張しないおまじないしてあげる」


 『チュッ』


 「!?!?」

 「じゃ、じゃあ後でねー」


 いきなりほっぺにキスして小走りで行ってしまった。

 今ので緊張はとけたけど頭がぐるぐる回っている。

 なんでいきなりこんな事したんだよ。さっきは怒ってるような素振り見せておいて……ツンデレ降臨?

 とにかく頭は混乱しているけど緊張は収まってきた。

 やるしかないか。


 ーーーーーー


 やがてショーが始まった。

 着替えを済ませて袖口で待機しているけどーーーー

 なんて盛り上がり方だろうか!?

 歓声が大きく鳴り響いて隣の新菜と話をするにも大きな声でないと話が出来ない。

 場違いなところへ来てしまった。

 せっかくの雰囲気を俺が出てしらけさせてしまうかもしれない。

 でも……俺ひとりなら罵声でもなんでも浴びて平気だけど、今回は新菜がいる。

 俺の知る限り新菜が人に責められたり怒られたりするのを生まれてから見た事がない。

 俺の為に汚点を残す訳にはいかない。

 自分の為ではなく、大切な……大好きな新菜の為にも足を引っ張らないようにしなくては。


 なんだか急に気力が湧いてくる。


 「お、お兄ちゃん?」

 「ん?どうした?」

 「きゅ、急にお兄ちゃんがいつも以上にオーラが出てきて、す……すごくかっこいいから…」

 「緊張をほぐす言葉はいらないぞ。さあ俺たちの番だ行くぞ」


 俺たちの服はクリスマスのカップルだ。

 季節は夏が終わったばかりだけどファッションショーではよくある事らしい。

 新菜の服はクリスマスを感じさせるように、コートは綺麗な赤いセミロングのコートに中にはノースリーブの白いドレスを着ている。

 普段は制服や普段着で気付かないが、入学してきた時から校内では天使と言われているのだから似合わない訳がない。

 より一層以前よりも天使のような美しい美少女が大人になりかけてさらに輝きを見せている。


 俺はというと上にはモスグリーンのロングコートを着てクリスマスらしさをあしらい、中には白いタートルネックとジャケットを着ている。


 俺たちの登場で予想外の出来事が起こる。

 ステージをふたりで歩いているとさっきまでの盛り上がりとは一変して、あたりが物音ひとつ聞こえず静寂だけが流れている。


 周りの声なんて関係ない。

 新菜がかっこいいと言ってくれたんだ。

 一番近くで見てきてくれた人の言葉だけで十分だ。

 

 ステージの先まで行くと言われた通りの演出をする事になっている。

 たしか喧嘩したフリして口論がおさまったら新菜を抱きしめてキスをするフリをすると会場の電気が一瞬真っ暗になって明るくなったら笑顔で観客に手を振るんだっけ?

 よくわからない演奏だ……


 言われた通りに演技し恥ずかしいけどキスするフリをすると辺りの照明が全部落ちる。


 「!!!!!!!!!」


 照明がつくと新菜が手を振り俺も手を振るとーーー


 「「「「ワァーーーー!!!」」」


 この日一番のわれんばかりの大歓声が会場を包みこむ。


 耳をつんざくような歓声が鳴り響いている…ようだけど俺には聞こえない。

 その後も3回の出演を他の女子モデルと出て歓声が遠くで聞こえてるようだ。

 ショーはいままで開催されたガールズコレクションの中でも一番の大成功だったようだ。


 いろいろ嬉しいはずなんだけど、この日は家に帰るまで俺の頭をある出来事が占領していた。

 

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